【日本編Ⅱ】国家が守る化学産業:アンチダンピング強化と「カーボンニュートラル・コンビナート」構想
日本企業の自助努力だけでは、中国の「国家資本主義」には勝てません。政府が急ぐべき「アンチダンピング法の抜け穴」封じと、起死回生の国家プロジェクト「カーボンニュートラル・コンビナート(CNK)」の全貌を解説します。
はじめに:個社の限界、国家の出番
前回の【日本編Ⅰ】では、日本企業が生き残るためには「汎用品からの撤退」と「高付加価値化」が必要だと説きました。
しかし、相手は国家ぐるみで赤字を垂れ流しながら攻めてくる中国です。一民間企業が「公正な競争」を挑んでも、数の暴力(ダンピング)で押し潰されるのがオチです。
今、日本に必要なのは、産業界の背中を守る「盾(法制度)」と、次世代へ進むための「道(インフラ)」を、国が責任を持って整備することです。
今回の最終回では、日本政府が実行すべき(そして一部検討が進んでいる)具体的な「反転攻勢のポリシー・パッケージ」について解説します。
1. 貿易の「盾」を強化せよ:アンチダンピング(AD)の穴を塞ぐ
日本は世界的に見て、自国産業を守る「貿易救済措置(トレード・レメディ)」の発動に極めて消極的でした。特に致命的なのが、「迂回輸入(Circumvention)」への対策不備です。
「迂回輸入」とは何か?
例えば、中国製品に対して日本が「反ダンピング関税」をかけたとします。すると彼らは以下のような手段で回避を試みます。
- 第三国迂回: 一度ベトナムやマレーシアに輸出し、「ベトナム製」のラベルを貼って日本に入れる。
- 軽微変更: 製品の成分をほんの少しだけ変えて、課税対象のコードから外す。
- 組立迂回: バラバラの部品で輸入し、日本国内で組み立てて「日本製」として売る。
現状の日本の法律では、これらを取り締まるのにまた「一から調査(1年以上)」が必要で、その間に国内産業は壊滅してしまいます。
政府の切り札:「迂回防止ルール」の導入
現在、財務省と経産省を中心に、2025年度の法制化に向けて議論が進んでいるのが「不当廉売関税の迂回防止制度」です。
導入が検討される新ルール
- 60%ルール: 第三国での組立において、中国等の部品価額が60%以上なら「迂回」とみなす。
- スピード決着: 調査期間を原則9ヶ月以内に短縮し、遡及して課税する。
これが実現すれば、不当な安値攻勢に対する強力な防波堤となります。これは保護貿易ではなく、公正な競争環境を守るための「正当防衛」です。
2. 経済安全保障:命と食料の「城」を守る
次に、絶対に他国(特に中国)に依存してはいけない物資の確保です。これを「特定重要物資」と呼びます。
① 肥料(食料の命綱)
日本の農業は、肥料原料(リン、カリ)のほぼ全量を輸入に頼っています。その主要な供給元は中国、ロシア、ベラルーシといった地政学リスクの高い国々です。
政府は、モロッコやカナダなど「同志国」への調達先多角化を進めると同時に、下水汚泥からリンを回収する技術など、国内資源の活用を急いでいます。
② 抗菌薬(医療の命綱)
手術や感染症治療に使われる抗生物質(ペニシリン等)の原料は、ほとんどが中国製です。有事でここが止まれば、医療崩壊が起きます。
これらは採算が合わないため民間だけでは維持できません。国費を投じてでも国内に製造拠点を持ち、備蓄を行う。「薬の工場」は、戦闘機と同じくらい重要な安全保障資産なのです。
3. 起死回生の「エンジン」:カーボンニュートラル・コンビナート(CNK)
最後に、日本の化学産業が再び世界をリードするための成長戦略です。それが「カーボンニュートラル・コンビナート(CNK)」構想です。
既存のコンビナートを「脱炭素ハブ」へ
日本の強みである、工場が密集した効率的なコンビナート(京葉、川崎、周南など)を、丸ごと脱炭素化する壮大な計画です。
- 共有インフラの整備: 企業ごとにタンクを作るのではなく、国主導で巨大な「水素・アンモニア」の受入基地やパイプラインを整備し、みんなで使う。
- CO2の回収・再利用(CCU): 工場から出るCO2を回収し、それを原料にして再び化学品を作る。
「ケミカルリサイクル」という勝機
さらに、廃プラスチックを分子レベルで分解して新品同様に戻す「ケミカルリサイクル」技術の実装が進んでいます。
欧州が先行しているイメージがありますが、分解技術や触媒技術では日本企業(住友化学、レゾナック等)も世界トップレベルです。「ゴミを資源に変える」技術が確立されれば、資源を持たない日本が資源大国になれる可能性を秘めています。
結論:2025年は「反転攻勢」の元年
全5回にわたるシリーズでお伝えしてきた通り、化学産業を取り巻く環境は「危機」の連続です。しかし、悲観する必要はありません。
中国の「量(過剰生産)」に対して、日本は「質(高機能品)」と「循環(リサイクル技術)」、そして「公正なルール(新法制度)」で対抗する道筋は見えています。
「安いものが良い」というデフレ思考から脱却し、コストをかけてでも「安全で、環境に良く、持続可能なもの」を選ぶ。政府、企業、そして私たち消費者がその意識を持てるかどうかが、日本の産業再生の鍵を握っています。