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日々の雑感

日本化学産業の生存戦略:住友化学・三菱ケミカルの決算が示す「撤退」と「高付加価値化」

 

【日本編Ⅰ】日本企業の生存戦略:「秩序ある撤退」と「高付加価値化」への道

「全社黒字」の数字に騙されないでください。2025年11月発表の最新決算が如実に示す、石油化学部門の「止まらない出血」。マッキンゼーの「需要革命」と、住友化学三菱ケミカルが断行する「痛みを伴う撤退」のリアルを解説します。

はじめに:成長神話の終焉

これまでの連載では、中国が国家ぐるみで仕掛ける「戦略的過剰生産」について解説してきました。最終章となる今回は、視点を「日本」に移します。

日本の化学産業は今、明治維新以降で最大の危機に直面しています。「中国の景気が戻れば、また売れる」——もし経営層がそう考えているなら、その会社は手遅れになるでしょう。

世界の化学品需要は今、GDP成長と連動しなくなる「デカップリング(分離)」という未知のフェーズに突入しているからです。

1. マッキンゼーが警告する「需要革命」

世界的なコンサルティングファームマッキンゼーが出したレポート『石油化学需要回復の神話を打破する』が示した現実は残酷です。「GDPが伸びればプラスチック需要も伸びる」という黄金則は崩壊しました。

The state of the chemicals industry in 2025 and beyond | McKinsey

中国経済のサービス化、ダウンゲージング(軽量化)、リサイクルの進展により、「パイ(市場規模)自体がもう広がらない」のです。縮小するパイを巡って、中国という巨大な過剰設備と殴り合う消耗戦が続いています。

2. 最新決算が示す「隠せない構造不況」

2025年11月に発表された大手化学メーカーの2026年3月期中間決算は、この構造変化を冷酷なまでに映し出しています。

一見すると、住友化学は黒字転換し、三菱ケミカルグループも大幅な増益に見えます。しかし、その中身を分解すると石油化学(汎用品)の惨状」が浮き彫りになります。

企業名 石化部門の状況 (2025年4-9月) 構造的要因
住友化学
(エッセンシャル&グリーン)
売上:1,218億円減少
コア営業利益:186億円の赤字
ペトロ・ラービグや千葉工場の市況悪化が継続。全社黒字は「医薬(オルゴビクス)」が支えているに過ぎない。
三菱ケミカルG
(ベーシックマテリアルズ)
売上:1,512億円減少
コア営業利益:28億円の赤字
需要減退と市況下落のダブルパンチ。全社利益は田辺三菱製薬の売却益という「切り売り」によるもの。

両社とも、医薬品や資産売却で表面上の数字は整えていますが、本業であったはずの「汎用石化事業」は完全に足を引っ張る「巨大な重荷」となっています。

ビジネスモデルとしての「汎用品で現金を稼ぎ、高機能品へ投資する」サイクルは、完全に崩壊しました。

3. 生存への道筋:「秩序ある撤退」の実践

では、日本企業はどう動いているのか? 最新の動きは「撤退戦」の本格化を示唆しています。

① 汎用品からの「秩序ある撤退」

住友化学は決算において、サウジアラビアの巨大石油化学プロジェクト「ペトロ・ラービグ」の株式一部売却(持分比率低下)を完了させたと報告しました。

これは単なる資産売却ではありません。かつて「日本化学産業の夢」と言われた巨大プロジェクトから、実質的に手を引くという歴史的な「敗戦処理」であり、生存のための英断です。

三菱ケミカルも同様に、ベーシックマテリアルズ部門での構造改革を急いでいます。国内のエチレンセンター(分解炉)の廃棄・統合は、もはや避けて通れない未来です。

② 「スペシャリティ」への全集中

活路は、半導体材料、ディスプレイ部材、高機能エンジニアリングプラスチックなどの「スペシャリティ」領域にしかありません。これらは中国企業によるコピーが難しく、利益率を維持できる最後の砦です。

規模(トン数)を追う時代は終わりました。「小さくとも、代替不可能な巨人」へと生まれ変わるしかありません。

結論:個社の限界と国家の役割

しかし、エチレンセンターの停止や工場の閉鎖は、一企業の体力では支えきれないほどのコスト(雇用、地域経済、設備廃棄損)を伴います。

だからこそ、「国家」の出番です。 公正な競争を守るための「アンチダンピング措置」と、次世代のグリーン素材へ移行するための「インフラ投資」。政府がこの2つを用意しなければ、日本企業の「秩序ある撤退」は「総崩れ」に終わるでしょう。

「本記事は、情報提供を目的としたものであり、特定の企業の株式購入や投資を推奨するものではありません。投資に関する最終的な決定は、ご自身の判断と責任において行ってください。」