【最終回】「お酒は百薬の長」の誤解:アルコール摂取と寿命・病気リスクの本当の関係
はじめに:「お酒は百薬の長」は本当か?
「お酒は百薬の長」ということわざを、一度は耳にしたことがあるでしょう。適量の飲酒は健康に良い、と信じている方も少なくないかもしれません。実際に、アルコール摂取量と死亡率の関係を調べた研究では、全く飲まない人よりも、少量を飲む人の方が死亡率が低いという「U字型カーブ」が示されることがあります。
しかし、この結果を鵜呑みにして「健康のために飲もう」と考えるのは早計です。この関係は非常に複雑で、年齢や体質、そして何よりも遺伝的要因が大きく関わっているのです。今回は、アルコールと健康の真実に迫り、誤解を解き明かしていきます。
U字型カーブのワナ:限定的なメリットと見過ごされたリスク
研究で示された「適量飲酒による死亡リスクのわずかな低下」は、いくつかの重要な点を見過ごしてはいけません。
- 効果はごくわずか:その効果は、例えば喫煙が死亡リスクを倍増させることに比べれば、無視できるほど小さいものです。
- 年齢と体質に依存:心血管疾患のリスクが低い60歳未満の若い世代では、飲酒量が増えるほど死亡リスクは一貫して上昇します。つまり、「適量のメリット」は主に高齢者でしか見られない限定的な現象なのです。
- 遺伝子が決定的に重要:特に、日本人に多い「お酒に弱い体質」を持つ人にとっては、このわずかなメリットは、後述するがんのリスクによって完全に打ち消されてしまいます。
アルコールの「毒」:アセトアルデヒドの脅威
お酒を飲むと、アルコール(エタノール)は体内で分解されます。その過程で生まれるのが、アセトアルデヒドという有毒な物質です。二日酔いの原因となるだけでなく、細胞を傷つけ、がんをはじめとする多くの病気の引き金となることがわかっています。
このアセトアルデヒドを分解する酵素が「ALDH2(2型アルデヒド脱水素酵素)」です。生まれつきこの酵素の働きが弱い、もしくはない遺伝子型の人がいます。彼らにとって、アルコールはまさに「毒」となり、わずかな飲酒でも深刻な健康被害をもたらすのです。
アルコールでリスクが増加する病気
アセトアルデヒドの毒性や、慢性的な飲酒が引き起こす炎症は、全身の臓器にダメージを与えます。
唯一のメリット?虚血性心疾患への限定的な効果
一方で、中等度の飲酒が心筋梗塞などの虚血性心疾患のリスクをわずかに下げる可能性も指摘されています。これは、アルコールが善玉(HDL)コレステロールを増やしたり、血液を固まりにくくしたりする作用によるものと考えられています。
しかし、この効果だけを期待して飲酒を始めるのは絶対に推奨されません。なぜなら、心疾患へのわずかなメリットよりも、がんなどのリスク増大というデメリットの方がはるかに大きいからです。特にALDH2の働きが弱い人が心臓のためにとお酒を飲めば、がんのリスクを大幅に高める本末転倒な結果を招いてしまいます。
賢いお酒との付き合い方:厚生労働省ガイドラインから学ぶ
では、私たちは健康を守るために、お酒とどう付き合えばよいのでしょうか。厚生労働省の「健康に配慮した飲酒に関するガイドライン」を参考に、今日から実践できる3つの提言をご紹介します。
- 「純アルコール量」で管理する
「ビール1杯」「ワイングラス1杯」といった曖昧な単位ではなく、自分が摂取した純アルコール量(g)を正確に把握しましょう。ガイドラインでは、生活習慣病のリスクを高める飲酒量を「1日あたりの純アルコール摂取量が男性40g以上、女性20g以上」としています。この量を超えないよう、厳格に自己管理することが重要です。 - 自分の遺伝子リスクを知り、判断する
自分がALDH2の働きが弱い「お酒に弱い体質」だと知っている場合、発がんリスクを避けることを最優先に考えるべきです。生涯の健康を最大化するためには、飲酒を控えることが最も賢明な選択です。昼お酒を飲んで夜になっても頭が痛いなどの方はお酒が弱いと考えていいでしょう。 - 飲んだら乗るな、乗るなら飲むな
アルコールの分解速度は個人差が大きく、予測不可能です。「少しだから大丈夫」は絶対にありえません。運転前には一滴たりともアルコールを摂取しない「ゼロ・トレランス」を徹底しましょう。