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日々の雑感

【徹底解説】なぜ日本の新聞は「親中」なのか?記者交換メモと生存者バイアスの真実

 

なぜ日本の新聞は「親中」なのか?

イデオロギーだけではない、歴史に埋もれた「3つの拘束」と構造的バイアス

「朝日や毎日はなぜ、あんなに中国に甘いのか?」
「中国の報道官のような記事ばかり書くのはなぜか?」

ネットや保守論壇で長年繰り返されてきたこの疑問。単に「記者が左翼だから」で片付けていませんか? 最新の調査分析に基づくと、そこには個人の思想を超えた、逃れられない歴史的な「契約」と「構造」が存在することが明らかになりました。

今回は、日本のリベラルメディアが抱える「親中バイアス」の正体を、3つの視点から解剖します。

1. 1968年の「踏み絵」:北京駐在の交換条件

時計の針を、日中国交正常化より前の1960年代に戻しましょう。当時、中国は「竹のカーテン」の向こう側にある未知の国でした。日本の新聞社にとって、北京に特派員を置くことは、他社を出し抜くための悲願でした。

しかし、中国側はその対価として、ある「踏み絵」を要求しました。それが「政治三原則」です。

【日中記者交換に関するメモ(政治三原則)】

  • 中国を敵視する政策・言動をとらないこと
  • 「二つの中国(台湾の独立)」を作る陰謀に加担しないこと
  • 日中国交正常化を妨げないこと

一見、当たり前の外交用語に見えますが、これは実質的に「中国に不都合なこと(文化大革命の悲惨さや人権問題)を書いたら、即刻追放する」という脅しでした。大手メディアはこの条件をのみ、北京へのアクセス権を手に入れました。これが「中国批判=タブー」という構造の出発点となったのです。

2. 生存者バイアス:批判した者は消された

「でも、批判する気骨のある記者はいなかったのか?」と思うかもしれません。実は、いました。産経新聞の柴田穂(しばた・みのる)記者です。

1967年 産経新聞の柴田記者が、文化大革命の暴力や混乱の実態をありのままに報道。中国当局はこれを「敵視」とみなし、国外退去処分を下す。
その後 産経新聞は中国から締め出されたため、逆に中国に配慮する必要がなくなり、自由な批判報道を展開(現在の路線の確立)。
一方、他社は… 「産経のようになりたくない」と学習した朝日・毎日などは、支局を守るために、中国側のレッドラインを超えないよう自己検閲を強化した。

つまり、現在北京に残っているメディアは、「中国政府による選別試験に合格し続けた(=忖度できる)メディア」だけなのです。これを統計学用語で「生存者バイアス」と呼びます。

3. 利益の一致:「加害の歴史」という共通言語

外交的な制約に加え、1970年代からは「イデオロギーの共鳴」が起こります。その象徴が、朝日新聞本多勝一記者による連載「中国の旅」です。

朝日新聞には「二度と戦争をさせないために、日本軍の加害を告発する」という正義がありました。一方、中国共産党には「歴史カードを使って、外交で日本より優位に立ちたい」という狙いがありました。

日本のリベラルメディアの「反省」と、中国の「対日歴史外交」。この二つの利害が奇妙に一致した結果、メディアは中国側の主張(百人斬り競争など)を積極的に拡散する「拡声器」の役割を果たすことになりました。

これが、保守派から「中国の代弁者」と呼ばれる最大の要因です。

4. 現代の「人質外交」:ビザという武器

「昔の話でしょ?」と思うのは早計です。現代において、その圧力はより洗練されています。

中国政府は、気に入らない記事を書いた記者に対し、ビザ(記者証)の更新を拒否したり、有効期限を極端に短くしたりします。記者は常に「次のビザが降りないかもしれない」という恐怖の中で記事を書かざるを得ません。

支局という「人質」を取られている以上、東京の編集局も過激な中国批判には及び腰にならざるを得ないのです。

結論:構造が変わらない限り、報道は変わらない

朝日新聞毎日新聞が「親中」に見えるのは、彼らが心から中国共産党を愛しているからというよりは、「取材拠点を維持するためのコスト」として配慮を払い続けている結果と言えます。

報道の自由」と「アクセス権」のジレンマ。私たちがニュースを読むときは、その記事が「どのような制約の中で書かれたものか」を想像するリテラシーが必要なのかもしれません。