月影

日々の雑感

日本航空(JAL)の再生事例から学ぶ、本物の企業改革とは?

かつて「日本の翼」として空に君臨した日本航空JAL)。リーマンショックの影響もあり、2010年、突如として事業の継続が難しくなりました。負債総額2.3兆円。誰もが日本の象徴の終わりを予感しました。しかし、JALは灰の中から蘇る不死鳥(フェニックス)のように、わずか2年8ヶ月で再上場という奇跡のV字回復を遂げます。


JALはどうしてそんなふうになったのか、いかにして蘇り、未来の空をどう描いているのか?
その歴史は、ビジネスパーソンだけでなく、変化の時代を生きる私たちすべてに重要な教訓を与えてくれます。


経営難の深層:JALを蝕んだ「5つの大罪」
JALの経営難は、リーマン・ショックという引き金はあったものの、起こるべくして起きた悲劇でした。その根底には、長年組織の内部に巣食っていた根深い病巣がありました。


* 「お上頼み」の放漫経営:元国営企業という出自から、「最後は国が助けてくれる」という甘えが蔓延。採算意識は欠如し、フライトごとの損益すら把握できない、どんぶり勘定の経営がまかり通っていました。

日本航空元会長補佐 大田嘉仁氏 | 情報誌「戦略経営者」 | 経営者の皆様へ | TKCグループ


* 戦略なき多角化と機材投資:時代遅れの大型機材(ジャンボジェット)に固執し、市場の変化に対応できず。さらに、本業とかけ離れた海外ホテルへの投資などで巨額の損失を生み出しました。

www.nippon.com


* 機能不全の労使関係:社内には8つもの労働組合が乱立。労使、さらには組合同士の対立が激しく、人件費削減といった合理的な改革が一切進まない高コスト体質が温存されました。


* 硬直化した官僚的な組織:セクショナリズムが蔓延し、部門間の連携はゼロ。「会社全体のため」より「自分たちの部署の利益」を優先する、典型的な大企業病が組織を蝕んでいました。


* 政治という名の重力:ナショナルフラッグキャリアの宿命として、政治家からの不採算路線の開設・維持要求を断れず、赤字を垂れ流し続けました。
これら「5つの大罪」が絡み合い、JALという巨体を内側から腐らせていったのです。


フェニックスの復活劇:稲盛和夫がもたらした「意識革命」
倒産したJALの再建を託されたのは、京セラ創業者であり、経営のカリスマ・稲盛和夫氏でした。彼がJALに持ち込んだのは、単なる経営再建術ではなく、魂を吹き込むような「意識革命」でした。

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Step 1: 痛みを伴う外科手術
まず行われたのは、生き残るための徹底的な外科手術です。
* 従業員の3分の1にあたる約1万6000人の人員削減
* 不採算な国内・国際路線の約50路線からの撤退
* 燃費の悪い大型機材100機以上の退役
* OBや現役社員の企業年金の大幅カット
血を流すような改革でしたが、これは再生のための必要悪でした。

https://www.mlit.go.jp/common/000229684.pdf


Step 2: 再生を支えた「両輪」
しかし、本当の変革はここからでした。稲盛改革の真髄は、「JALフィロソフィ」と「アメーバ経営」という二つの強力なエンジンにあります。
* JALフィロソフィ(心・理念)
全社員に配られた一冊の手帳。そこには「素晴らしい人生を送るために」「お客様に最高のサービスを提供する」といった、人として、企業人としてどうあるべきかの行動哲学が40項目にわたって記されていました。これにより、バラバラだった社員のベクトルが一つにまとまり、「誰のために、何のために働くのか」という共通の価値観が生まれました。

人材・組織システム研究室


* アメーバ経営(仕組み・実践)
巨大な組織を、路線や空港ごとなど、数百の小さな独立採算チーム(アメーバ)に分割。各チームが自分たちの収支に責任を持つことで、社員一人ひとりが「自分の仕事が会社の利益にどう繋がるか」を数字で実感できるようになりました。パイロットが燃料を節約し、客室乗務員が機内販売の売り上げを意識する。全員が「経営者」になった瞬間でした。

value-works.jp


「フィロソフィ」という熱い心が、「アメーバ経営」という冷静な仕組みと結びついたとき、JALは驚異的なスピードで筋肉質な組織へと生まれ変わります。破綻翌年には1,884億円の営業利益を叩き出し、その翌年には世界の航空会社でトップとなる2,049億円の利益を達成。奇跡のV字回復を成し遂げたのです。


未来へのフライト:破綻から学んだJALの新たな航路
一度死んだJALは、過去の失敗を教訓に、変化に強く、持続可能な企業へと進化を遂げています。その未来戦略は、2つの大きな柱で成り立っています。


* 「二つの翼」を持つ航空戦略
* JAL(フルサービスキャリア):高品質なサービスを追求し、最新鋭の省燃費機材を導入。ビジネス客や富裕層の期待に応え続けます。
* ZIPAIR(LCC):JALの100%子会社として、太平洋を越える長距離路線で圧倒的な低価格を実現。これまでJALが取り込めていなかった新たな顧客層を開拓します。この「二刀流」により、市場のあらゆるニーズを捉え、リスクを分散させています。

https://www.jal.com/ja/sustainability/report/pdf/index_2024_04.pdf


* 空から日常へ:「マイル経済圏」の構築
JALの未来戦略で最も重要なのが、航空事業への依存度を下げることです。その切り札が、マイレージを軸とした「マイル経済圏」の構築。
飛行機に乗るだけでなく、日々の買い物や決済、金融サービスなど、生活のあらゆる場面でマイルが貯まり、使える世界を目指しています。これは、JALが単なる航空会社から、顧客の生活に寄り添う「ライフスタイル創造企業」へと変貌しようとしていることを意味します。

www.jal.com


JALの物語が私たちに教えること
日本航空の破綻と再生の物語は、一つの企業の浮き沈みを超えて、普遍的な教訓を私たちに示しています。
* どんな大企業も、変化に適応できなければ滅びる。
* 改革の核心は、リストラや戦略だけでなく「人の意識」を変えることにある。
* 熱い「理念(フィロソフィ)」と、それを実践する冷静な「仕組み」の両輪があってこそ、組織は真に強くなる。


フェニックスは再び力強く羽ばたきました。しかし、その飛翔を持続させるための挑戦に終わりはありません。JALの物語は、これからも多くの企業、そしてビジネスパーソンにとって、進むべき道を照らす羅針盤であり続けるでしょう。

 

「本記事は、情報提供を目的としたものであり、特定の企業の株式購入や投資を推奨するものではありません。投資に関する最終的な決定は、ご自身の判断と責任において行ってください。」