【英語精読】『小公子』Vol.9:メアリーのアイリッシュ訛りと「小さな政治家」セドリック
「なんとなく」読む英語から、構造を「確信」して読む英語へ。第9回は、使用人メアリーが食料品店の主人にセドリックの様子を語る、ユーモア溢れる名シーン。独特なアイルランド英語の響きと、当時のアメリカ政治背景を紐解きます。今回は、アイルランド英語が入りますので、綴りと発音が違います。2.方言のところにその説明を入れています。
1. 今日のテキスト(音声付き)
“And, indade,” said Mary to the groceryman, “nobody cud help laughin' at the quare little ways of him--and his ould-fashioned sayin's! Didn't he come into my kitchen the noight the new Prisident was nominated and shtand afore the fire, lookin' loike a pictur', wid his hands in his shmall pockets, an' his innocent bit of a face as sayrious as a jedge? An' sez he to me: 'Mary,' sez he, 'I'm very much int'rusted in the 'lection,' sez he. 'I'm a 'publican, an' so is Dearest. Are you a 'publican, Mary?' 'Sorra a bit,' sez I; 'I'm the bist o' dimmycrats!' An' he looks up at me wid a look that ud go to yer heart, an' sez he: 'Mary,' sez he, 'the country will go to ruin.' An' nivver a day since thin has he let go by widout argyin' wid me to change me polytics.”
【全文翻訳】
「全ったくですよ」メアリーは食料品店の主人に言いました。「あの子のおかしな振る舞いや、あの古風な言い回しときたら、誰だって笑わずにはいられませんよ!新しい大統領候補が決まった夜のこと、キッチンに入ってきて暖炉の前に立ったんですけど、その姿がまあ絵になること。小さなポケットに両手を突っ込んで、あのおぼこい顔をして、裁判官みたいに真面目くさってるんですから。そしたらあの子、私にこう言ったんです。『メアリー』って。『僕は選挙にすごく関心があるんだ。僕は共和党員だよ。お母さんもね。メアリー、君も共和党員かい?』って。私が『とんでもない、私は生粋の民主党員ですよ!』って返したら、あの子、胸にぐっとくるような目で見上げてきて、こう言ったんです。『メアリー、この国は破滅しちゃうよ』って。それからというもの、私の政治信条を変えさせようと議論をふっかけてこない日は一日だってありませんよ」
2. 方言・スラング解説(アイリッシュ・イングリッシュ)
メアリーの言葉はアイルランド移民特有の訛り(dialect/slang)で書かれています。綴りが特殊ですが、現代の標準英語に直すと意味がスッキリします。
メアリーの独特な言葉遣い一覧(クリックで展開)
| メアリーの綴り | 現代の標準英語 | 発音確認 |
|---|---|---|
| indade / cud | indeed / could | |
| quare / ould | queer (strange) / old | |
| noight / loike | night / like | |
| sayrious / jedge | serious / judge | |
| sez / bist | says / best | |
| dimmycrats | Democrats (民主党員) | |
| 'publican | Republican (共和党員) | |
| Sorra a bit | Not a bit (少しも〜ない) | |
| argyin' / polytics | arguing / politics |
※綴りの特徴:iをe、eをaと読ませたり、thをdやt、sをshと発音するのがアイルランド訛りの典型的な描写です。
3. 文法・表現のロジカル解説
① 動詞の原形を伴う "cannot help ...ing"
cannot help laughing(笑わずにはいられない)。メアリーの言葉では nobody cud help laughin' となっています。セドリックの可愛らしさが周囲の大人の理屈を超えてしまっている様子が伝わります。
② 慣用句 "as serious as a judge"
直訳は「裁判官と同じくらい深刻な」。子供が大人のような難しい顔をしているときによく使われる比喩表現です。セドリックがいかに真剣に「国会」や「選挙」を憂いているかが分かります。
③ 付帯状況の表現 "with his hands in his pockets"
with + 名詞 + 前置詞句 で、「手をポケットに入れた状態で」という状況を説明しています。メアリーのセリフでは wid his hands in his pockets と訛っていますが、この「ポーズ」こそがセドリックの小さな紳士らしさを象徴しています。
【深掘り】19世紀ニューヨーク:アイルランド移民と政治
この会話には、当時のマンハッタンの社会情勢が鮮やかに反映されています。
1. アイルランド移民と「メアリー」
19世紀半ば、ジャガイモ飢饉を逃れてアイルランドからニューヨークへ大量の移民がやってきました。彼女たちの多くは「ブリジット」や「メアリー」と呼ばれ、中産階級の家庭でメイドや料理人(servant)として働きました。
- 🚩 民主党支持の伝統: 当時のアイルランド移民の多くは、自分たちに政治的権利や仕事を与えてくれる民主党(Democrats)を熱烈に支持していました。メアリーが「生粋の民主党員」と胸を張るのはそのためです。昔から、民主党は移民に好意的だったのですね。
2. セドリックが「共和党員(Republican)」な理由
一方、セドリックの父は元軍人。当時の軍人や、イギリス系、あるいは高学歴の層は、リンカーンを擁する共和党(Republicans)を支持する傾向がありました。
- 🚩 歴史的対立: 民主党と共和党の熱い選挙戦は、まさにセドリックの近所にある「食料品店(grocery store)」などのコミュニティで繰り広げられていました。
- 🚩 小さな愛国者: まだキルトスカートを履いている幼児が「この国は破滅だ!」と叫び、大人を説得(argyin')しようとする姿は、当時の読者にとって政治的な対立を笑いに変える最高のユーモアだったのです。
※政治信条が違っても、メアリーがセドリックを心から愛している(go to yer heart)ことが、この独特な訛りのセリフから伝わってきますね。