「助けて」と言ってしまう私を、そのまま救う
御文章「在家尼女房のこころ」に学ぶ、二つの念仏と阿弥陀如来の喚び声
私たちは日常生活の中で、苦しいことや辛いことがあると、つい「神様、仏様、助けてください」と手を合わせてしまいます。しかし、浄土真宗の教えを聞いていると、「阿弥陀さまは頼まなくても救ってくださるのだから、自分の都合で『助けて』と祈るのは違うのではないか?」と疑問に思うことがあります。
今回は、蓮如上人の『御文章』の中でも親しみ深い「在家尼女房(ざいけあまにょうぼう)のこころ」を通して、私たちの「願い」と阿弥陀如来の「救い」の関係について考えてみたいと思います。
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「助けて」という本音と、「頼まない」という理性
「聖典セミナー御文章」の著者である僧侶が、網膜剥離という病気で失明の危機に直面したときのエピソードがあります。医師から「失明しないという保証はできません」と告げられたとき、孤独と恐怖の中で、口からこぼれたのは二つの異なるお念仏でした。
一つは、「どうか助けてください。南無阿弥陀仏」という、なりふり構わぬ本音の叫び。
そしてもう一つは、その直後に出てきた「頼んでもすがっても関係ない。何を聴聞してきたのだ。南無阿弥陀仏」という、自分を戒める理性の言葉でした。
真宗門徒として、「阿弥陀さまは無条件で救ってくださるのだから、自分の欲望のために祈ってはいけない」と頭では分かっています。しかし、いざ絶体絶命の淵に立つと、理屈など吹き飛び、ただ「助けて」とすがってしまう。そんな弱い自分が露呈したのです。
阿弥陀さまを「道具」にする罪
この体験を通して、その僧侶は自身の心の奥底にある「罪の深さ」に気づかされました。
外見上は真宗門徒として御本尊一仏を礼拝して、いかにも弥陀一仏に帰依しているかのように見えていたものが、その実、内心では、「どうか助けてください、南無阿弥陀仏」と御本尊そのものをお札のように扱って、自分の願いを満足させる道具に使っていた
私たちは、仏さまを信じていると言いながら、実は「自分の願いを叶えてくれる便利な存在(道具)」として扱っていることがあります。「助けてほしい」という心そのものは切実ですが、そこには「自分さえ良ければ」という自己中心的な心が潜んでいるのです。
「後生たすけたまへと頼め」の真意
では、私たちは「助けて」と願うことをやめ、心を正しく入れ替えなければならないのでしょうか? ここで『御文章』にある「後生たすけたまへと頼め」という言葉の意味が響いてきます。
現代語で「頼む」というと、「相手にお願い(リクエスト)をする」という意味になります。しかし、浄土真宗でいう「頼む(憑む)」とは、「相手を全面的に信頼し、我が身を任せる(預ける)」という意味で味わいます。
「助けて」と叫ばざるを得ないほど無力な私たち。その「どうしようもない私」を、自分でどうにかしようとするのではなく、そのまま阿弥陀さまに投げ出してしまう。これこそが「頼む」という姿です。
阿弥陀さまは「正しい祈り方をしなさい」と要求しているのではありません。「お前のその『助けて』という悲鳴も、不安も、すべて私が引き受けるから、安心して寄りかかってきなさい」と喚んでくださっているのです。
「何の造作もなく」そのまま来れ
蓮如上人は、このことを「なにのやうもなく(何のようもなく)」という言葉で表現されました。
これは、「何の造作(ぞうさ)もなく」、つまり「何の準備も、修正も、心構えも必要ない」ということです。阿弥陀如来は、私たちが縁さえあればどんな振る舞いもしてしまう、弱い凡夫であることを見抜いています。だからこそ、何かを要求することなく、「そのまま来れ」と喚び続けてくださっているのです。
お念仏は「離れないぞ」という喚び声
先ほどの僧侶は、葛藤の末に一つの真実にたどり着きました。
「助けてください」と叫ぶ私も、「頼まなくていい」と強がる私も、どちらも阿弥陀さまの掌(てのひら)の中にありました。
阿弥陀さまは、「お前のその見苦しい姿も、弱い心も、すべて知っている。知った上で、決してお前を見捨てないし、離れないぞ」と約束してくださっています。
私の口から出る「南無阿弥陀仏」は、私が唱える言葉であると同時に、阿弥陀さまからの「心配するな、必ず救う」というお喚び声そのものであったのです。
むすび
『在家尼女房のこころ』が教えてくれるのは、立派な信者になることではありません。
「助けて」とすがってしまう弱い自分であっても、そのままで救われる「他力本願」の温かさです。
苦しいとき、「助けて」と言ってしまってもいい。その言葉の後に、「ああ、こんな私をお見通しで、ずっとご一緒くださる阿弥陀さまがいらっしゃった」と気づかせていただくとき、私たちの「お願いの念仏」は、やがて「ありがとうの念仏」へと転じられていくのではないでしょうか。