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日々の雑感

日本企業の自社株買いは「善」か「悪」か?コダックの教訓とPBR改善の罠

 

自社株買いブームの裏側:

その株価上昇、未来と引き換えにしていませんか?

最近、ニュースで「自社株買い」という言葉をよく耳にしませんか? 多くの企業が過去最高額の自社株買いを発表し、株価も上がっているようです。一見、株主にとっては良いことだらけに聞こえますが、その裏には大きな「落とし穴」が隠されているかもしれません。

このブームは、あなたの会社の「未来への投資」を犠牲にしていないでしょうか? 実はこれ、かつて巨大企業だったコダックゼロックスが陥った「衰退への道」と、驚くほど似ているのです。

なぜ今、自社株買いブームなの?

ブームの引き金は、東京証券取引所東証)からの「喝」です。2023年、東証は多くの日本企業に対し、「もっと資本効率を意識して、株価を上げなさい!」と強く要請しました。

特に「PBR1倍割れ」(会社の価値が、持っている資産の合計額より低い状態)の企業は名指しで批判され、改善策を求められました。

そこで多くの企業が飛びついたのが、最も手っ取り早く「PBR」や「ROE」といった経営指標を良く見せられる「自社株買い」だったのです。自社株買いをすると、市場に出回る株の数が減るため、計算上、1株あたりの利益(EPS)や資本効率(ROE)が自動的に上がって見えます。

歴史は警告する:コダックゼロックスの悲劇

しかし、未来への投資を怠り、目先の数字だけを追い求めた企業はどうなるでしょうか。歴史がその答えを知っています。

ケース1:コダックKodak) - 失敗の「症状」

コダックの失敗は「デジタルカメラの波に乗れなかったこと」だとよく言われます。しかし問題はもっと根深いところにありました。

彼らはデジタル技術を発明していたにも関わらず、儲かっているフィルム事業を守るために、デジタル事業への本格的な投資を怠りました。

驚くべきことに、コダックは業績が悪化していたにも関わらず、「借金をしてまで」自社株買いを続けていたのです。それは未来への投資を放棄し、過去の栄光を維持するためだけに資本を浪費する行為でした。自社株買いは、衰退の「原因」ではなく、戦略的失敗の「症状」だったのです。
【資料】イーストマン・コダック社 2000年度 年次報告書(要約)

💰 流動性・資本資源(Form 10-Kより)

  • 営業活動による純現金増加額: 9億8,200万ドル
  • 設備投資: 9億4,500万ドル(主に製造効率化、デジタル開発)。2001年は削減見込み。
  • 配当金支払い: 約5億4,500万ドル
  • 自社株買い: 10億9,900万ドルを実行。
  • 資金源: 自社株買いの資金は、借入金の純増(13億1,300万ドル)によって主に賄われた。
  • 追加承認: 2000年12月、さらに20億ドルの自社株買いプログラムが承認された。

(稼いだ現金(約9.8億ドル)が設備投資(約9.5億ドル)でほぼ消える中、自社株買い(約11億ドル)と配当(約5.5億ドル)は、借金(純増13億ドル)によって賄われていたことがわかります。)

ケース2:ゼロックスXerox) - 未来を「コストカット」

ゼロックスの事例は、今の日本企業にとってさらに直接的な警告となります。

彼らも業績悪化に苦しむ中、なんと未来の競争力の源泉である「研究開発費(R&D)」を、「コスト削減」としてバッサリとカットしました。

では、その削減したお金はどこへ行ったのか? なんと、同時に自社株買いを実行していたのです。なぜそんなことが起きたのでしょうか。一因として、経営者のボーナスが、短期的な経営指標(EPSなど)の達成と連動していた可能性が指摘されています。未来を犠牲にしてでも、目先の数字と自分のボーナスを優先したのです。

今の日本企業が直面する「三重の圧力」

この話、遠い昔のアメリカ企業の話だと思ったら大間違いです。今の日本企業は、まさにこのジレンマのど真ん中にいます。

  • 圧力①(株主・東証から):「PBRを上げろ!」(→ 手っ取り早い自社株買いがしたい)
  • 圧力②(競争から):「AIや新技術を開発しろ!」(→ R&D投資が必須)
  • 圧力③(社会から):「環境対策(GX)をしろ!」(→ 巨額の設備投資が必須)

R&Dや環境投資は、お金も時間もかかり、成果が出るかも不確実です。短期的にはむしろ経営指標を悪化させます。

一方、自社株買いは、ボタン一つで短期的な指標を「確実」に改善できます。

もしあなたが経営者で、短期的な数字で評価されるとしたら、どちらを選びますか? 「投資よりも、まず自社株買い」という誘惑に勝つのは、極めて難しいのです。

結論:あなたの会社の自社株買いは「良い」か「悪い」か?

もちろん、自社株買いがすべて悪なわけではありません。問題は、その「順番」と「原資」です。

✅ 「良い」自社株買い
未来のための投資(R&D、設備投資、環境対策)をすべて実行し、それでも「本当に余ったお金」を株主に還元する行為。これは規律ある経営の証です。

🚩 「悪い」自社株買い
未来への投資を「犠牲」にして、または「借金」をしてまで、短期的な株価や経営指標を操作するために行う行為。これはコダックゼロックスと同じ道です。

見分けるためのカンタン診断

あなたの応援する企業が自社株買いを発表したら、以下の点をチェックしてみてください。

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診断ポイント 🚩 危険なサイン(悪い自社株買い) ✅ 安全なサイン(良い自社株買い)
投資との関係 研究開発費(R&D)が減っている。環境対策の計画が進んでいない。 R&Dや設備投資を「増やしながら」自社株買いも行っている。
お金の出所 借金をしている。資産(工場やビル)を売ってまでやっている。 本業で稼いだ「余剰キャッシュ」の範囲内でやっている。
経営者の報酬 短期的なEPS(1株あたり利益)達成でボーナスが決まる仕組み。 環境対策やR&Dの進捗など、長期的な価値も報酬に連動している。

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日本企業が長年の「貯め込みすぎ(キャッシュ・ホーディング)」体質から脱却し、資本効率を意識し