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日々の雑感

北九州市、60年ぶり人口社会増の真相:「子育て支援」と「外国人流入」が牽引。残る「20代女性流出」の課題

 

反転攻勢の光と影:北九州市「60年ぶり人口増」を支える3つの真実と、残された課題

2024年、北九州市に衝撃的なニュースが走りました。市の人口動態が、1964年の東京オリンピックの年以来、実に60年ぶりに「社会増」(転入超過)に転じたのです。

「鉄冷え」と呼ばれた産業構造の変化以来、59年間にわたって「出ていく人」が「入ってくる人」を上回り続けていた負の連鎖。それがついに断ち切られ、「反転攻勢の狼煙(のろし)」が上がったと宣言されました。

しかし、この輝かしい「勝利」の裏側を詳しく見ると、手放しでは喜べない複雑な実態が浮かび上がってきます。今回の社会増(+492人)は、強力な少子高齢化による「自然減」(年間約7,600人減)に必死に抗った結果です。

この記事では、この歴史的な転換点を「3つの光と1つの影」という視点で深掘りします。成功を牽引した要因は何か? そして、なぜその陰で「ある層」の流出が加速しているのか? さらに、この構図の中で「外国人」はどのような役割を果たしているのでしょうか。

この記事のポイント

  • 【光①】子育て支援:第2子保育料無償化が「子育て世帯」を惹きつけた
  • 【光②】経済政策:「稼げるまち」戦略が「IT系若者」の雇用を生んだ
  • 【影】ジェンダー・ギャップ:なぜ「20代女性」だけが流出(-894人)するのか?
  • 【光③】もう一つの主役:「外国人」が社会増(+2,116人)を力強く牽引
  • 【結論】北九州市の「反転攻勢」が持続可能であるための鍵とは

【光①】ターゲットを射抜いた「子育て支援

今回の社会増(日本人)を分析すると、最大の功労者の一つが「子育て世帯」であったことが分かります。

要因:第2子以降(0~2歳児)の保育料無償化

この強力で直接的な経済支援策が、「14歳以下の子どもがいる世帯」の転入超過という明確な結果を生み出しました。これは、ターゲットを絞った政策が人口動態に即効性を持つことを証明した好例です。

【光②】「稼げるまち」戦略とIT雇用の創出

もう一つの大きな牽引役は、武内和久市長が掲げる「稼げるまち」ビジョンに基づく経済政策です。

要因:積極的な企業誘致(特にIT分野)

2023年度の企業誘致関連の投資額は過去最高の2,581億円に達し、特にIT企業の誘致が加速しました。GMO kitaQや日本IBM(九州DXセンター)といった具体的な「雇用の受け皿」が創出されたのです。

これらの政策は、これまで流出が続いていた「20代」(特に技術系)の若者の動向を劇的に改善させる要因となりました。

【影】「分断された勝利」とジェンダー・ギャップ

しかし、ここで深刻なパラドックスが浮かび上がります。「20代全体」の動向は改善したにもかかわらず、その内訳を見ると、「20代女性」は-894人という深刻な転出超過(男性の2倍以上)が続いているのです。

課題:若年女性の「就職」ニーズとのミスマッチ

彼女たちの最大の転出理由は「就職」です。これは、市の経済政策と、若年女性が求めるキャリアとの間に「ミスマッチ」があることを示唆しています。

  • 市の誘致に成功した雇用(IT技術職、エンジニア)は、残念ながら現状では男性比率が高い職種に偏りがちです。
  • 一方で、女性がキャリア初期に求める職種(大手企業の総合職、企画、マーケティング、サービス業の本社機能など)は、依然として東京や福岡市に集中しています。

市立大学の学生の8割が市外で就職しているという事実は、市が育てた人材の「受け皿」を用意できていないという厳しい現実を突きつけています。

市もこの課題を認識し、2025年度から「政策局WomanWill推進室」を中心に、アンケート調査や職場環境の課題整理に着手し始めました。しかし、流出を止めるには、まだ時間と大規模な投資が必要となりそうです。

【光③】もう一つの主役:社会増を牽引する「外国人市民」

ここまで「日本人」の動向(全体で+492人)を見てきましたが、実はこの「社会増」には、もう一つの、そして非常に強力な主役が存在します。それは「外国人市民」です。

真実:外国人の転入超過は「+2,116人」(2023年)

日本人が+492人の微増であるのに対し、外国人はその4倍以上となる+2,116人という圧倒的な転入超過を記録しています。北九州市の60年ぶりの社会増は、この外国人市民の強力な流入によって「底上げ」されているのが実態です。

どこから、誰が来ているのか?

かつては韓国・朝鮮籍の方が最も多かったのですが、近年はその構成が大きく変化しています。

  • 急増する国々:近年は特にベトナムネパールからの留学生や技能実習生が著しく増加しています。
  • 在留資格最も多いのは「留学」(約27%)で、大学や日本語学校への受け入れが活発であることがわかります。
  • 働く場所:労働者としては、製造業、建設業、小売業、飲食サービス業などで多く活躍しています。
  • 住む場所:大学が多い「八幡西区(折尾周辺)」や、日本語学校があり交通の便が良い「小倉北区」に多く住む傾向があります。

注目すべき「男女比」の対比

ここで非常に興味深い対比があります。

先ほど、日本人の20代は「女性」が大幅に流出している(-894人)と述べました。しかし、外国人市民の男女比(2025年3月末)を見てみると…

  • 外国人総数:16,930人
  • 男性: 7,937人 (約46.9%)
  • 女性: 8,993人 (約53.1%)

…と、外国人市民は「女性」の方が多いのです。

日本人女性がキャリアを求めて市外へ流出する一方で、外国人女性(留学生や労働者)が市内に流入しているという、複雑な人口動態が起きていることが分かります。

結論:3つの柱で達成された「反転」と、持続可能性への鍵

北九州市の60年ぶりの社会増は、決して偶然ではありません。それは、以下の3つの明確な要因によって達成された「必然的な結果」です。

  1. 【ハードな生活支援】「第2子保育料無償化」という直接的インセンティブ
  2. 【ハードな経済政策】「IT企業誘致」による特定の(技術系)雇用創出。
  3. 【強力な外部要因】「外国人留学生・労働者」の継続的な大量流入

「反転攻勢」は確かに始まりました。しかし、その成功は「子育て世帯」「IT系男性」「外国人」という特定の層に支えられた、非対称なものです。

この「反転」を持続可能なものにするための鍵は、明らかです。それは、市の最大の課題として残された「日本人20代女性の流出(-894人)」をいかにして止めるか。

「稼げるまち」戦略を、女性が求める多様なキャリア(企画・マーケティング・本社機能など)を創出する方向へと拡張すること。そして同時に、社会増の最大の功労者である「外国人市民」が、さらに住みやすく活躍しやすい多文化共生の環境を整備すること。

この2つの課題にどう取り組むかが、北九州市の未来を左右する試金石となるでしょう。