月影

日々の雑感

賃上げは続く? 日本の給料はこれからどうなる? 「30年の停滞」から脱出できるか予想

凍てついた川の流れは変わるか? 私たちの給料が30年間上がらなかった「本当の理由」と、これからの希望

はじめに:「30年ぶりの賃上げ」に、心から喜べないのはなぜ?

最近、ニュースを開けば「30数年ぶりの高水準な賃上げ!」という明るい見出しが飛び込んできます。しかし、これを見ても「本当かな?」「自分の生活は良くなるんだろうか?」と、どこか手放しで喜べない…。そんな風に感じている方も多いのではないでしょうか。

それもそのはずです。私たちは「失われた30年」と呼ばれる、あまりにも長い「賃金の氷河期」を生きてきました。この停滞は、単なる不景気ではなく、日本経済に深く根を張った「構造的な問題」だったのです。

なぜ、私たちの給料はこれほど長く上がらなかったのか? そして、今の「賃上げラッシュ」は本物なのでしょうか? ある分析レポートを基に、この凍てついた川の構造を、できるだけ分かりやすく、私たちの実感に寄り添いながら解き明かしていきます。


第1章:なぜ川は凍りついたのか? 4つの「停滞の柱」

日本の賃金が上がらなかった背景には、30年前のバブル崩壊という「経済的トラウマ」があります。この傷が、4つの強固な柱となって、賃金が上がらない「停滞均衡」という状態を作り出しました。

  1. デフレマインド(ゼロノルム)
    「物価も給料も、上がらないのが当たり前」。この考えが社会全体に染みつきました。企業は値上げを恐れ、労働者も賃上げ要求より「雇用の安定」を優先しました。
  2. 企業の「超」防衛的な経営
    バブル崩壊の恐怖から、企業は利益を賃金や投資に回すのではなく、ひたすら現金(内部留保)として溜め込みました。将来の危機に備える「守り」の姿勢が常態化したのです。
  3. 労働市場の「二極化」
    企業は、コストが高く解雇しにくい正社員の採用を絞り、代わりに安価で調整しやすい「非正規雇用」を増やしました。結果、賃金の低い層が労働力に占める割合が増え、国全体の「平均賃金」を構造的に押し下げ続けたのです。
  4. 低生産性という名の「重力」
    正規雇用には十分な教育投資がされず、正社員も社内異動ばかりで専門性が高まりにくい。こうした仕組みが、日本全体の「稼ぐ力(=生産性)」を低迷させ、賃上げの原資そのものを生み出せない体質を作りました。

これら4つの柱が、まるで氷のように固く組み合わさり、日本経済を30年間も停滞させてきたのです。


第2章:最大のボトルネック。「中小企業」という現実

「大企業は儲かっているのに、なぜ私たちの給料に回ってこないのか?」

この疑問の答えこそが、賃金停滞の核心にある問題です。それは、日本の全雇用の約7割を支える「中小企業」の苦境です。

多くの中小企業は、大企業との「下請け」関係の中で、非常に弱い立場にあります。原材料費やエネルギー価格が高騰しても、そのコスト上昇分を製品やサービスの価格に上乗せする「価格転嫁(かかく てんか)」ができません。

「値上げをお願いしたら、取引を切られるかもしれない…」

そんな恐れから、中小企業はコスト上昇分を自社の利益を削って吸収してきました。いわば、日本経済全体の「衝撃吸収材(ショックアブソーバー)」の役割を担わされてきたのです。

利益が圧迫されれば、当然、社員の賃金を上げる余裕はありません。それどころか、生産性を上げるための新しい設備投資やデジタル化(DX)にお金を回すこともできません。こうして、「低収益 → 低投資 → 低生産性 → 低賃金」という負のスパイラルに陥ってしまいます。

大企業でどれだけ賃上げが実現しても、雇用の7割を占める中小企業にその波が届かなければ、日本全体の賃金は上がっていかないのです。


第3章:今、氷はなぜ割れた? 「外部からの衝撃」

30年間も凍りついていた川が、なぜ今になって動き出したのでしょうか。残念ながら、それは日本経済が自力で強くなったから、というわけではありません。

理由は、2つの強烈な「外部からの衝撃」です。

  1. 世界的なインフレの到来
    海外から入ってくるエネルギーや食料品が激しく値上がりし、「物価は上がらない」というデフレマインドは完全に崩壊しました。物価が上がるのに賃金が上がらなければ、生活が破綻してしまいます。
  2. 深刻な「人手不足」
    少子高齢化により、働き手が決定的に足りなくなりました。「給料を上げないと、社員が辞めてしまう」「新しい人を採用できない」。企業は、人材を確保するために、防衛的な姿勢を捨ててでも賃上げをせざるを得なくなったのです。

つまり、近年の賃上げは、企業の「前向きな投資」というよりは、インフレと人手不足に追い込まれた「防衛的なコスト増」という側面が強いのです。

だからこそ、私たちは手放しで喜べません。賃上げ率(名目賃金)が5%でも、物価上昇率が5%なら、生活の豊かさを示す「実質賃金」はゼロ。実際、ここ2年以上、私たちの実質賃金はマイナス(=生活は苦しくなっている)が続いています。これこそが、私たちが「好景気を実感できない」最大の理由です。


第4章:本当の「春」を迎えるために。私たちが進むべき道

今の「雪解け」は、インフレや人手不足という外部要因に依存した、脆いものです。もしインフレが収まれば、企業は再び賃上げを止めてしまうかもしれません。

この流れを持続可能なものにし、私たちが本当に豊かさを実感できる「春」を迎えるために、絶対に必要なこと。それは、ごまかしの効かない「生産性の向上」です。つまり、日本全体が「稼ぐ力」を根本から高めるしかありません。

そのために必要なのは、困難ですが、2つの大きな構造改革です。

  1. 中小企業の「価格転嫁」と「DX」
    中小企業が、大企業と対等に交渉し、正当な利益を確保できる(価格転嫁できる)ルール作りが急務です。そして、その利益を「賃金」と「デジタル化(DX)への投資」に回し、生産性を高める好循環を作らねばなりません。
  2. 「ジョブ型雇用」への移行と「人の流動化」
    「会社に所属し、年齢と共に給料が上がる(メンバーシップ型)」という旧来の仕組みから、「その人のスキルや仕事内容(ジョブ)で給料が決まる(ジョブ型)」仕組みへと移行していく必要があります。これにより、スキルを持つ人が正当に評価され、より生産性の高い企業・産業へと移動しやすくなります。

結論:川は流れ始めた。未来は私たちの「変革」にかかっている

日本の賃金という「凍てついた川」は、30年の時を経て、確かに動き始めました。これは間違いなく、歴史的な転換点です。

しかし、それはまだ、外部の力によって氷が割れたに過ぎません。この流れを、豊かで力強い本流にするためには、「中小企業の収益改善」と「生産性の向上」という、日本経済の根本的な課題解決が不可欠です。

政府の大胆な改革、企業の意識変革、そして私たち労働者一人ひとりが新しいスキルを学び、変化に対応していく意志。そのすべてが揃ったとき、この川は二度と凍りつくことなく、未来へと流れていくはずです。