月影

日々の雑感

【2025年版】半導体の「サイズ」と日本の未来。なぜ最新チップと「古い」チップ、両方が必要なのか?日本の戦略と課題(Rapidus/TSMC/自動車MCU不足)

 

【2025年版】半導体の「サイズ」と日本の未来。なぜ最新チップと「古い」チップ、両方が必要なのか?

半導体」と聞くと、多くの人が「とにかく小さく、高性能なもの」を想像するかもしれません。しかし、2021年に自動車の生産が世界中でストップした「半導体不足」。このとき足りなくなったのは、実は最先端のチップではありませんでした。

最新の報告書は、日本の半導体戦略が「未来の技術覇権を握るための最先端チップ獲得」「社会インフラを支える成熟チップの安定供給」という、性質の異なる『二重の課題』に直面していることを明らかにしています。

半導体の世界は、単純に「最新=万能」ではありません。それぞれのサイズ(プロセスノード)に重要な役割があり、まさに「適材適所」で私たちの社会を支えているのです。今回は、日本の未来を左右する半導体の「サイズ」と、その戦略的な意味を深く掘り下げてみましょう。

最先端ノード(2nm - 10nm):AI時代の「知性」と国家の未来を担う

ナノメートル単位で微細化の極限を追求するこの領域は、AI、スーパーコンピュータ、高性能サーバーの「頭脳」そのものです。高い計算能力と優れた電力効率は、現代の技術覇権と経済安全保障に直結します。

主な役割
AI学習、データセンターのCPU/GPU、最新スマートフォン
戦略的な意味
この領域の製造能力を海外の特定地域に依存することは、国の戦略的自律性を揺るがすリスクとなります。日本が国策としてRapidus(ラピダス)を推進するのは、この未来の「知性」を自らの手で確保するためです。
国内の動き
Rapidusは計画だけでなく実行フェーズに入っており、2025年4月には北海道千歳市で試作ラインが稼働を開始しました。2027年の量産化に向け、日本の半導体復権をかけた挑戦が具体的に進んでいます。

準先端ノード(12nm - 28nm):自動車産業の進化を支える「司令塔」

最先端ほどの微細化は必要ないものの、高い性能と信頼性が求められるのがこのクラスです。特に、日本の基幹産業である自動車の進化に不可欠な存在です。

主な役割
自動車のADAS(先進運転支援システム)や自動運転を司るSoC(システムオンチップ)、5G通信機器
戦略的な意味
これからの車は「走るスマホ」から「走るデータセンター」へと進化します。その心臓部となる高性能な車載SoCを国内で安定的に調達できるかは、日本の自動車産業の競争力を左右します。
国内の動き
熊本に誕生したTSMCの新工場(JASM)は、まさにこの領域を担います。単にチップを作るだけでなく、2030年までに部材の60%を現地(国内)調達する目標を掲げており、かつての「シリコンアイランド九州」の復活と、日本の半導体エコシステム全体の強化を目指しています。

成熟ノード(40nm - 90nm):社会基盤を支える「実行者」と、日本の弱点

このクラスこそが、数年前に世界を揺るがした半導体不足の震源です。利益率が低いことから国内メーカーが生産から撤退・縮小し、海外への依存度が高まった結果、サプライチェーン脆弱性が露呈しました。

主な役割
自動車のエンジンやブレーキを制御するマイコンMCU、産業用ロボット、家電製品
構造的な課題
現在、国内で最も生産が間に合っていないのが、この自動車制御用MCUです。需要は安定しているにもかかわらず、国内の供給能力が追いついていません。これは一時的な不足ではなく、日本の産業構造が生んだ「構造的」なボトルネックなのです。最先端のRapidusにいくら投資しても、この問題は解決しません。

レガシーノード(100nm以上):電力制御の「番人」と、日本が誇る隠れた強み

最も古くからある技術ですが、あらゆる電子機器の「電源」を管理する「番人」として今なお不可欠です。そして、この領域には日本が世界に誇る強みが隠されています。

主な役割
電源管理IC(PMIC)、アナログIC、そしてパワー半導体
日本の優位性
特にEV(電気自動車)や再生可能エネルギーの鍵を握る「パワー半導体(SiC、GaNなど)」の分野では、ローム三菱電機富士電機 といった日本企業が世界トップクラスのシェアと技術力を誇ります。これはロジック半導体とは別の、日本の重要な戦略的資産です。汎用的な電源ICの海外依存という課題はありつつも、この高付-
付加価値領域は日本の大きな強みとなっています。

まとめ:日本の半導体戦略が直面する「二重の課題」

ここまで見てきたように、日本の半導体戦略は、シンプルではありません。

  1. 未来への挑戦(攻め): Rapidusによる最先端(2nm)技術を確立し、AI時代の技術主導権と経済安全保障を確保する。
  2. 足元の基盤強化(守り): 自動車産業の命綱である成熟ノード(40-90nmのMCU)の供給不足という構造的な脆弱性を克服し、サプライチェーンの安定を確保する。

この二つの目標は、どちらか一つを達成すれば良いというものではありません。最先端の頭脳(Rapidus)があっても、それを動かす車体(自動車産業)がMCU不足で生産できなければ意味がないのです。

日本の半導体戦略の成功は、未来への大胆な投資と同時に、今の産業を支える基盤技術を着実に守り抜くという、この多角的で粘り強いアプローチにかかっています。

公開日: 2025年10月5日