なぜあの病院は赤字知らず? 飯塚病院に学ぶ「カイゼン」と「DX」で地域と経営を救う最強戦略
「日本の病院の6割が赤字経営」— そんなニュースを聞いたことがある方も多いのではないでしょうか。少子高齢化、人件費や物価の高騰、そして医師の働き方改革。日本の医療現場は今、多くの課題に直面しています。
そんな中、福岡県飯塚市に、100年以上にわたって地域医療の砦として救命救急センターを持ち、地域医療を担っており、しかも健全な経営を続けている病院があります。その名は社会医療法人 麻生 飯塚病院。病床数1,048床を誇るこの巨大病院は、なぜ厳しい環境下でも成長し続けられるのでしょうか?
その答えは、徹底した「カイゼン」文化と、それを加速させる戦略的な「DX」にありました。この記事を読めば、飯塚病院が実践する、これからの病院経営の羅針盤とも言える、その驚くべき仕組みがわかります。
すべての原点は「地域のため」- 100年続く“まごころ”の精神
飯塚病院の強さを理解する上で欠かせないのが、その成り立ちです。1918年、炭鉱経営者であった麻生太吉翁が「郡民のために良医を招き、万全の治療を図りたい」という想いで設立しました。
この「利益よりまず、地域社会への奉仕」という精神は、「まごころ医療、まごころサービス」という理念として、100年以上経った今も病院の隅々にまで浸透しています。このブレない軸があるからこそ、目先の利益に惑わされず、地域住民からの揺るぎない信頼を勝ち得てきたのです。そして、その信頼こそが、安定した経営の最も大きな土台となっています。
強さの秘密①:トヨタ式「カイゼン」で医療の常識を覆す
「医療の質を上げれば、コストも上がる」— これは、多くの医療関係者が抱えるジレンマです。しかし、飯塚病院はこの常識を真っ向から覆します。彼らが30年以上も前から導入し、磨き上げてきたのが、製造業、特にトヨタ生産方式で知られるTQM(Total Quality Management:総合的品質管理)、つまり「カイゼン」活動です。
魔法の好循環モデル
飯塚病院のカイゼンは、次のような魔法のサイクルを生み出しています。
- 業務のムダを徹底的に削減(カイゼン)
- → 職員の負担が減り、働きやすさが向上(職員満足度 UP)
- → 職員がいきいきと働き、より良い医療を提供
- → 医療の質と安全性が高まる(患者満足度 UP)
- → 病院の評判が上がり、患者が増える(収益 UP)
- → 安定した経営基盤で、さらなるカイゼンに投資できる
この「品質向上がコストを下げ、収益を最大化する」という考え方が、飯塚病院の経営の根幹を成しているのです。
看護師の働き方を変えた「セル看護提供方式®」
カイゼン活動が生んだ最も革新的な成功事例が「セル看護提供方式®」です。
皆さんは、看護師がナースステーションと病室を何度も行き来している姿を思い浮かべませんか? 実は、この移動や物品を探す時間は、大きな「ムダ」でした。
「セル看護」は、必要な物品をカートにまとめ、看護師がほぼすべての業務を患者さんのベッドサイドで完結させる画期的な仕組みです。これにより、看護師の移動時間は劇的に減少し、その分、患者さんのケアに集中できる時間が増えました。
その結果は驚くべきものでした。
- 職員側: 残業時間が大幅に短縮され、ストレスも軽減。
- 患者側: すぐそばに看護師がいる安心感からナースコールの回数が減り、転倒・転落事故も減少。
まさに、カイゼンによって職員と患者の双方が幸せになる、理想的な形が実現したのです。この地道な活動の積み重ねは、2022年、品質管理の世界で最も権威ある「デミング賞」の受賞という快挙にも繋がりました。
強さの秘密②:「カイゼン」を爆速化する戦略的DX
飯塚病院の凄さは、カイゼン活動だけに留まりません。その強固な業務基盤の上に、未来を見据えた戦略的なDX(デジタルトランスフォーメーション)を掛け合わせているのです。
現場の武器としてのスマートフォン
飯塚病院では、300台以上のスマートフォンが導入され、医療スタッフの必須ツールとなっています。「セル看護」を実践する看護師は、ベッドサイドで患者情報や検査データにリアルタイムでアクセスできます。これは、カイゼンで生まれた新しい働き方を、テクノロジーが力強く後押ししている好例です。
AIが経営判断をサポート
さらに驚くべきは、経営レベルでのDXです。飯塚病院は、NECなどのパートナー企業と共に、AIを活用した経営分析の実証実験を進めています。
麻生とNEC、生成AIを活用して病院経営を支援する「病院経営マネジメントサービス」の実証実験を開始 (2024年5月29日): プレスリリース | NEC
過去15年分もの膨大な経営データ(病床稼働率など)と診療データをAIに学習させ、未来の経営状況を予測。さらに、生成AIが「次の一手」を示唆するサービスの開発にも取り組んでいます。これにより、個人の経験や勘に頼るのではなく、データに基づいた客観的でスピーディーな経営判断が可能になるのです。
「カイゼン × DX」の最強タッグ
なぜ飯塚病院は、これほど高度なデータ活用ができるのでしょうか?
その答えは、30年にわたるカイゼン活動にあります。業務の標準化を徹底し、ISO9001(品質マネジメントの国際規格)も取得する中で、質の高いデータが「データ資本」として組織に蓄積されてきたのです。
つまり、「カイゼン(TQM)が高品質なデータを生み、そのデータをDX(AI)が活用して、さらに高度な経営を可能にする」という、他院には真似できない最強のループが完成しているのです。
目指すのは「日本一働きやすい病院」
これらの取り組みがもたらす最終的なゴールは、職員と患者、双方の満足度です。
「セル看護」をはじめとする働きやすさの追求、カイゼン活動へのインセンティブ(賞金やキャリアアップ制度)などにより、職員のモチベーションは高く保たれています。その結果、飯塚病院は看護師の人気就職先ランキングで常に上位に名を連ね、優秀な人材の確保にも成功しています。
いきいきと働く職員が提供する質の高い医療は、当然、患者満足度の向上に繋がります。高い専門医療を地域で受けられる安心感は、何物にも代えがたい価値を住民に提供しているのです。
まとめ:日本の医療が飯塚病院から学ぶべきこと
飯塚病院の成功は、決して偶然ではありません。
- 「地域のため」という揺るぎない理念を土台に、
- 地道な「カイゼン」で現場の足腰を徹底的に鍛え上げ、
- その強固な基盤の上で「DX」という翼を広げ、未来へ飛躍する。
この一貫した戦略こそが、「地域医療への貢献」と「持続可能な経営」という二つの難題を両立させる鍵でした。
飯塚病院の挑戦は、経営難に苦しむ日本の多くの病院にとって、大きな希望の光となるはずです。品質への地道な投資こそが、長期的に見れば最高の経営戦略である—。飯塚病院の力強い実践は、私たちにそのことを明確に教えてくれています。
「本記事は、情報提供を目的としたものであり、特定の企業の株式購入や投資を推奨するものではありません。投資に関する最終的な決定は、ご自身の判断と責任において行ってください。」