禅の世界:道元、白隠、一休の教えと実践
1. 禅の基本的な考え方
2. 臨済宗:白隠慧鶴と一休宗純
白隠慧鶴
江戸時代中期の禅僧で、臨済宗中興の祖と称される。静岡県出身。公案禅を体系化し、庶民にも禅を広めた。「駿河には過ぎたるものが二つあり、富士のお山に原の白隠」と謳われるほどの影響力を持った。多くの禅画や書を残している。
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一休宗純
室町時代の臨済宗の僧侶、詩人。後小松天皇の落胤とされ、6歳で出家。奇行や風刺の効いた漢詩で知られ、権威を嫌い、人間臭い生き方を貫いた。アニメ「一休さん」のモデルとしても有名だが、実像はより破戒的で反骨精神に満ちていた。
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3. 曹洞宗:道元と良寛
道元
鎌倉時代初期の禅僧で、日本の曹洞宗の開祖。京都の公家出身。宋に渡って禅を学び、帰国後はひたすら坐禅に打ち込む「只管打坐」の教えを広めた。主著『正法眼蔵』は日本仏教思想の最高峰と評される。福井県に永平寺を開いた。
良寛
江戸時代後期の曹洞宗の僧侶、歌人、書家。越後国(新潟県)の名主の家に生まれるが、18歳で出家。特定の寺を持たず、質素な庵で暮らし、托鉢で生計を立てた。子供たちと手まりをついて遊ぶなど、その無垢な人柄は多くの人々に愛された。
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