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【徹底解説】日立製作所はなぜ復活できたのか?赤字からのV字回復を支えたLumada戦略と未来への課題

日立製作所(以下、日立)はリーマンショック時の危機を完全に克服し、かつての多角経営のコングロマリットから、高収益で強靭なグローバル企業へと見事な復活を遂げた2009年3月期に記録した日本の製造業史上最大となる7,873億円の最終赤字という奈落の底から這い上がり、今や世界の社会インフラとデジタル市場をリードする存在へと変貌したのである。

 

この復活は偶然の産物ではない。それは、痛みを伴う大胆な事業ポートフォリオ改革、未来を見据えた戦略的なM&A、そして「Lumada」を核とするデジタル戦略が三位一体となって推進された、10年以上にわたる緻密な企業変革の賜物である。

 

本稿では、日立がいかにして危機を乗り越え復活したのか、その軌跡をたどる。そして、現在の強さの源泉である「光明」を分析し、同時に、堅牢に見える「要塞」が抱える未来への「課題」を明らかにすることで、日立の真の姿を解き明かす。


 

第1章:危機からの復活劇 - 破壊と創造の10年

 

現代の日立の強さは、存亡の危機という「るつぼ」の中で、旧来の事業構造を焼き尽くし、全く新しい企業体へと生まれ変わった壮絶な変革の物語から始まる。

 

絶望からの出発点:2009年の巨額赤字

 

変革の引き金は、2009年のリーマンショックによってもたらされた。世界経済の混乱は、日立が長年抱えていた多角化経営の歪みを一気に露呈させ、7,873億円という未曾有の最終赤字に沈んだ。この危機は、単なる財務的な後退ではなく、旧来のコングロマリットモデルそのものが崩壊したことを意味していた。それは経営陣に、生き残りをかけた抜本的な改革以外に道はないという、絶対的な使命を突きつけたのである。

 

「選択と集中」:痛みを伴うポートフォリオ改革

 

この危機を契機に、日立は「選択と集中」をスローガンに、10年以上にわたる大規模な事業ポートフォリオの再編に踏み切った。これは、単なる不採算事業の切り離しではない。未来の成長戦略と整合しない事業を体系的に整理し、経営資源を再配分する、極めて戦略的なプロセスであった。

その象徴が、かつて20社以上存在した上場子会社の整理である。複雑で非効率な「親子上場」構造は、売却や完全子会社化を通じて、2022年度にはついにゼロとなった。日立建機や旧日立金属(現プロテリアル)といった祖業に近い名門企業でさえ例外ではなく、白物家電事業なども売却された。これにより、かつての「総合電機メーカー、家電の日立」というイメージは過去のものとなった。

この一連の改革の背後には、「キャピタル・リサイクリング(資本の再循環)」という明確な思想があった。変動性が高く、利益率の低い事業を売却して得た資金を、未来の成長領域へと再投資する。過去の資産を売却して未来の競争力を買うという、規律の取れた資本配分戦略こそが、今日の強靭な日立の礎を築いたのである。

 

新たな羅針盤:「社会イノベーション事業」の確立

 

事業の整理と並行して、日立は新たな企業の存在意義を「社会イノベーション事業」と再定義した。これは、エネルギー、デジタル化、産業効率化といった、現代社会が直面する根源的な課題を、自社の技術で解決するという力強い宣言である。

その実現の中核をなす方法論が、日立独自の強みである「IT(情報技術)×OT(制御・運用技術)×プロダクト」の三位一体の融合だ。ITはAIやデータ分析、OTは工場やインフラを動かす制御システム、プロダクトは鉄道車両やタービンといった物理的な製品を指す。これらを組み合わせることで、他社には真似のできない、包括的で付加価値の高いソリューションを生み出す。このユニークなケイパビリティこそが、新生・日立の競争優位の源泉となったのである。


 

第2章:現在の光明 - 高収益企業を支える三本柱とデジタル戦略

 

過去の瓦礫の中から立ち上がった日立は、明確な戦略のもとに再構築された事業ポートフォリオと、それを貫くデジタル戦略によって、高収益企業へと変貌を遂げた。

 

事業の三本柱:シナジーを生む事業構造

 

現在の日立は、相互に連携する三つの事業セグメントを中核に据えている。

  1. デジタルシステム&サービス (DSS) - 司令塔

    高収益を稼ぎ出す、新生・日立の神経中枢。金融・公共向けのシステム構築で培った信頼性を基盤に、企業のDXを牽引する。特に、2021年に約1兆円で買収した米GlobalLogic社は、日立のデジタル能力を飛躍的に向上させた。世界トップクラスのデジタルエンジニアリング人材を獲得したことで、高付加価値なソリューション提供が可能となり、日立全体の収益性を牽引する司令塔としての役割を担っている。

  2. グリーンエナジー&モビリティ (GEM) - 成長エンジン

    脱炭素化とエネルギー安全保障という、世界の巨大な潮流に乗る成長エンジン。旧ABBのパワーグリッド事業を母体とする日立エナジーがその中核であり、再生可能エネルギー導入拡大に伴う送配電網の需要を背景に、4.7兆円もの巨額の受注残を誇る。鉄道システム事業も、仏タレス社の信号事業買収により、車両製造から利益率の高いデジタルサービスへと軸足を移し、盤石な収益基盤を形成している。

  3. コネクティブインダストリーズ (CI) - スマートな基盤

    工場の自動化やスマートビルなど、物理的な世界とデジタルな世界を繋ぐ架け橋。半導体製造装置やバイオ医薬品といった高成長分野に焦点を当て、日立の持つ計測・分析技術を統合的なソリューションとして提供し、グループ全体のスマート化を支えている。

これら三つの柱は独立しているのではない。DSSのデジタル技術がGEMとCIの製品・インフラをスマートにし、逆にGEMとCIの現場データがDSSのAIを賢くする。この三位一体のシナジーこそが、日立の強さの源泉である。

 

成長の心臓部「Lumada」:高収益化の鍵

 

日立の変革と成長の物語の中心には、常にデジタルソリューション「Lumada」がある。これは単なるブランド名ではなく、日立を高収益企業へと変貌させるための心臓部である。

Lumada関連事業の利益率は、他の伝統的な事業に比べて格段に高い。そのため、経営陣はLumadaを「成長と収益性のエンジン」と明確に位置づけている。Lumada事業の比率が高まれば、会社全体の利益率が向上するという明快なロジックに基づき、全社を挙げてその拡大に取り組んでいる。

そのコミットメントを象徴するのが、「Lumada 80-20」という野心的な長期目標だ。これは、将来的に**Lumada関連事業の売上比率を80%、Adjusted EBITA率を20%**にまで高めるという宣言である。この目標は、日立がもはや伝統的な重電メーカーではなく、グローバルなデジタルリーダーへと完全に変革する、という揺るぎない決意を社内外に示す、強力なシグナルとなっている。

 

強固な財務基盤:「要塞」の源泉

 

この戦略的な変革は、強靭な財務基盤によって裏打ちされている。日立は、利益の質と現金の創出力を示すコアフリーキャッシュフローを最重要視し、稼いだ利益を着実に手元に残す経営を徹底している。

この潤沢なキャッシュフローが、日立エナジーやGlobalLogicといった大型M&Aの原資となり、同時に財務の健全性(低いD/Eレシオ)を維持することを可能にしている。高収益事業へのシフトが利益率を高め、それが強力なキャッシュを生み、そのキャッシュが未来の成長への再投資を可能にする。この自己増殖的な好循環こそが、外部環境の嵐に動じることのない、日立の「要塞経営」の力の源泉なのである。


 

第3章:未来への課題 - 堅牢な要塞の死角

 

完全復活を遂げ、磐石に見える日立だが、未来に向けて克服すべき課題も存在する。

 

最大の課題:「実行リスク」

 

現在の最大の課題は、皮肉にもその強さの象徴である巨額の受注残にある。特にGEMセクターが抱える6兆円超という巨大なバックログは、将来の収益の安定性を保証する「光明」であると同時に、巨大な「課題」でもある。

これらの大規模プロジェクトを、計画通りに、コストを守り、納期通りに遂行できなければ、違約金の発生やキャッシュフローの悪化を招き、築き上げてきた財務の好循環を断ち切りかねない。この巨大な「実行リスク」をいかに管理し、着実に収益化していくかが、今後の日立の成長を左右する最大の鍵となる。生産能力の増強は喫緊の課題だ。

 

継続的な課題と外部リスク

 

  1. さらなる収益性向上: 著しい改善を遂げたとはいえ、シーメンスなど世界のトップクラスの競合他社と比較した場合、収益性や資本効率にはまだ改善の余地がある。このギャップを埋め、オペレーションの卓越性を追求し続ける必要がある。

  2. 企業文化の変革: 28万人の巨大組織を、伝統的な日本の製造業から、アジャイルでグローバルな「One Hitachi」のデジタル企業へと完全に変革させる挑戦は、まだ道半ばである。組織のサイロ化を防ぎ、風通しの良い文化を維持し続けるための絶え間ない努力が求められる。

  3. 外部環境のリスク: グローバル企業として、米中対立に代表される地政学的緊張や、重要インフラを狙うサイバー攻撃のリスクは常に存在する。デジタル企業への変革は、サイバーセキュリティリスクの増大と表裏一体であり、強靭な防御体制の構築が不可欠である。


 

結論:未来を創造する「要塞」

 

日立の「要塞経営」とは、外部から孤立するための防御壁ではない。それは、①徹底的に簡素化・集中化された事業ポートフォリオ、②シナジーを生む高収益なデジタル中核(Lumada)、③自己増殖的な強靭な財務エンジンという三つの要素の上に築かれた、**次なる飛躍のための戦略的な発射台(ローンチパッド)**である。

リーマンショックの危機をバネに、日立は壮絶な自己改革を断行し、日本の製造業の枠を超え、世界有数のデジタル・社会インフラ企業へと生まれ変わった。その復活は本物であり、戦略の勝利と言える。

今後の日立は、最大の課題である巨大受注残の「実行力」が試されることになる。この課題を乗り越え、グローバルトップ企業との収益性ギャップを埋め続けることができるならば、日立はデジタルとグリーンの両面で世界の変革をリードする真のグローバルリーダーとしての地位を、不動のものとするだろう。それは、日本の企業経営史に残る、最も偉大な復活劇の完成を意味するに違いない。

 

「本記事は、情報提供を目的としたものであり、特定の企業の株式購入や投資を推奨するものではありません。投資に関する最終的な決定は、ご自身の判断と責任において行ってください。」

 

参考サイト

本社の海外移転が必要か、日立が直面している課題とは?|会社四季報オンライン

https://www.hitachi.co.jp/IR/library/stock/hit_sr_fy2009_2.pdf?_gl=1*1tjwd*_ga*MjY2NTU4ODQuMTc1MzEwODA3NA..*_ga_T8CYNVBBRR*czE3NTMxMDgwNzQkbzEkZzEkdDE3NTMxMDgxMjUkajkkbDAkaDA.

統合報告書 2023(オンライン版):株主・投資家向け情報:日立

https://www.hitachi.co.jp/IR/library/stock/hit_sr_fy2023_4_ja.pdf

日立製作所が統合報告書を半減、情報開示量は落とさず - オルタナ

https://www.hitachi.co.jp/IR/library/integrated/2024/ar2024j.pdf

【日立製作所・東原敏昭】時価総額が1年で10兆円→18兆円に/次世代原子力発電の需要増/「トランプ2.0」への対応/受注残をこなすだけになるのが怖い/経営に重要な「修正する力」/可処分所得増大への提言 | 動画 | 東洋経済オンライン | 社会をよくする経済ニュース

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(株)日立製作所【6501】:決算情報 - Yahoo!ファイナンス

https://finance-frontend-pc-dist.west.edge.storage-yahoo.jp/disclosure/20250131/20250131559584.pdf