日本の農業政策の中でも、特に大きな予算が投じられているものの一つに「減反政策(米の生産調整)」があります。米の国による生産調整自体は2017年に終わりました。スマートアグリの記事をリンクします。
「減反政策」の廃止で、日本の稲作はどう変わったのか 「令和の米騒動」を契機に米政策を考える | 農業とITの未来メディア「SMART AGRI(スマートアグリ)」
しかし、水田を活用して他の作物を作るという転作奨励金が出ており、実質的な減反政策は続いていることになります。
正式には「水田活用の直接支払交付金」といった事業名で、毎年およそ3,000億円もの税金がこの政策のために使われています。これは、国の予算の中でも非常に大きな規模です。農水省の令和7年度の予算の内容は以下のように発表されています。
「水田活用の直接支払交付金等 【令和7年度予算概算決定額 287,000(301,500)百万円】 <対策のポイント> 食料自給率・自給力の向上に資する麦、大豆、米粉用米等の戦略作物の本作化とともに、地域の特色をいかした魅力的な産地づくり、産地と実需者との 連携に基づいた低コスト生産の取組、畑地化による高収益作物等の定着等を支援します。」
https://www.maff.go.jp/j/syouan/keikaku/soukatu/attach/pdf/220816-67.pdf
この巨額の投資は、私たちの食と農の未来にとって、どのような成果を上げているのでしょうか。この記事では、政策の是非を断定するのではなく、公開されている情報やレポートを基に、冷静にその目的と現状を見つめ、いくつかの論点を提示したいと思います。
「この記事では、特定の政治的立場から政策の是非を断定するものではありません。公開されている公的な情報やレポートを基に、この政策がどのような目的を持ち、どのような論点があるのかを、読者の皆さんと一緒に冷静に考えていきたいと思います。」
現在の減反政策の「目的」と「仕組み」
まず、減反政策の目的は、お米の作りすぎ(供給過剰)による価格の暴落を防ぎ、農家の経営を安定させることにあります。お米の価格が安定すれば、多くの農家が安心して生産を続けられる、という考え方です。
その仕組みは、農家が主食であるお米の代わりに、麦や大豆、あるいは家畜の餌になる飼料用米など、国が定める作物へ転換することを条件に、補助金(交付金)を支払うというものです。
この仕組みは、実際に米価の安定に一定の役割を果たしてきました。しかし、その一方で、長期的な視点から検証すべきいくつかの論点も浮かび上がってきます。
【論点1】日本の農業の「生産性」への影響は?
一つの重要な論点は、この政策が日本の農業全体の生産性にどう影響しているか、という点です。
あるレポートによると、日本の米の単位面積あたりの収量は、かつて同水準だったアメリカ・カリフォルニア州に比べ、現在は大きく差をつけられています。これは、米が余る状況では、収量を増やすための品種改良や技術開発が進みにくいという背景も指摘されています。
農水省による米の生産性の内外比較の資料によると以下のようになっています。引用。
「米の生産コストは、米国と比較して約8倍の差(2020年)。 我が国では、トラクタや自脱型コンバインのほか、田植機といった各工程に係る専用機を多くの生産者が保有し、自ら作業。 一方、米国では、基本的にはトラクタと普通型コンバインを所有し、播種や防除、施肥作業は専門業者に委託」
https://www.maff.go.jp/j/council/seisaku/syokuryo/230301/attach/pdf/230301-51.pdf
農家の経営安定は非常に重要ですが、同時に、日本の農業が持つ潜在的な生産能力を最大限に引き出せているか、という視点からの検証も必要ではないでしょうか。
【論点2】政策全体の「整合性」はとれているか?
次に、他の農業政策との整合性という論点があります。
例えば、政府は減反政策で米の生産を抑制する一方で、農家の所得を増やすために、農産物の加工や販売に取り組む『6次産業化』(1次(生産)×2次(加工)×3次(販売)を合わせた造語)を別の補助金で推進してきました。この6次産業化は、その3割くらいしかうまくいっていません。
以下、総務省による報告書から引用。
「六次産業化・地産地消法は、地域資源を活⽤した農林漁業者等による事業の多⾓化や新事業の創出等に関する施策を推 進し、農林漁業の振興や農⼭漁村の活性化等を図ることを⽬的とした法律 ○ 農林⽔産⼤⾂は、農林漁業者等が経営改善のために⾏う総合化事業について、同法に基づく計画認定を⾏い、各種法律 の特例等の対象とすることにより⽀援を実施。
総合化事業の効果の発現状況 • 全体としては、①総合化事業の売上⾼、②経営全体の所得 (以下「2指標」)が向上(※)しており、⼀定の効果が発 現 ※ 総合化事業の認定を受け事業に取り組んだ者の「総合化事業の売上高」の合計額の増加率 (32.3%)は、平成24~28年度の6次産業化全体の年間販売額の増加率(17.3%。農林水産省 の「6次産業化総合調査」により算出)より高い。また、同者の「経営全体の所得」の合計額 の増加率(46.5%)は、平成24~28年度の「生産農業所得」全体の増加率(27.1%。同省の 「生産農業所得統計」により算出)より高い。 • 個々の事業者では、2指標に係る⽬標をいずれも達成して いる者は約3割(図5) • 総合化事業の規模により効果の発現状況に差異あり(図6)」
https://www.soumu.go.jp/main_content/000610686.pdf
これについて専門家の中には、一方では生産を抑え、他方ではその所得減少を補うという構造が、全体として最も効率的な形なのか、という指摘があります。
また、「5年に1度は水稲を作付けする」というルール(5年水張りルール)が、多角化を目指す農家の自由な経営判断を、結果として妨げてしまう可能性はないか、という声も現場からは上がっています。以下の記事が詳しいです。
https://minorasu.basf.co.jp/80745
【論点3】「食料安全保障」の観点からどう考えるか?
日本の食料自給率が約38%(カロリーベース)と低い水準にある中で、国内でほぼ100%自給できるお米の生産を抑制するこの政策をどう考えるか、というのも大きな論点です。
もちろん、政策には「いざという時に米を作れるよう水田の機能を維持する」という目的も含まれています。しかし、生産の担い手である農家の減少や高齢化が進む中で、この方法が長期的な食料安全保障にとって最善の道なのか。国民的な議論が求められるテーマです。
まとめ:未来のために、建設的な議論を
【今回提示した3つの論点】
-
日本の農業全体の生産性にどう影響しているか?
-
他の農業政策との整合性はとれているか?
-
長期的な食料安全保障の観点からどう評価すべきか?
減反政策は、米価を安定させ、農家の経営を守るという重要な目的を持っています。その一方で、ここまで見てきたように、生産性、政策の整合性、食料安全保障、そして毎年3,000億円という国民負担のあり方など、多角的に検証すべき論点も数多く存在します。
この記事は、政策の良し悪しを一方的に断定するものではありません。
私たちの食卓と、国の農業の未来に深く関わるこのテーマについて、どのような事実があり、どのような論点があるのかを知ることが、建設的な議論の第一歩だと考えます。この大きな予算の使い道について、多くの人が関心を持ち、考えていくことが今、求められているのではないでしょうか。