岡本かの子は、晩年に仏教に傾倒し文章を残しています。彼女の仏教人生読本という本に引用されている和歌を紹介します。歌人の目から見た秀作ですので、和歌の勉強に良いと思います。その三です。
和歌の現代語訳と解釈
9. 古歌
* 年ごとに咲くや吉野の桜花 樹を割りて見よ花の在所ありかを
* 現代語訳: 毎年咲く吉野の桜の花よ。その木を割って見てごらん、花の咲く場所がどこにあるのかを。
* 解釈: 美しい桜の花は毎年咲くけれど、その美しさの本質はどこにあるのか、という問いかけの歌です。たとえ木を割ってみても、具体的な「花の在所」を見つけることはできません。美しさや生命の本質を知るのは難しいことを示しています。仏教では、智慧(ちえ)という言葉は智と慧という言葉からなると考えます。智は、知識からえられるもので、人により異なり優劣や差別をうみます。一方、慧は万物の本体本性を突き止める力のことで、みんな同じ様に持っています。そして生命の本質を知るのは智慧の慧の力です。この慧が、選挙で民主主義が良いとされるのでしょう。
10. 西行
* 道のべの清水流るる柳かげ しばしとてこそたちとまりつれ
* 現代語訳: 道端の清水が流れ、柳の木陰になっている場所よ。ほんの少しの間だけれど、立ち止まったことだ。
* 解釈: 旅の途中で見つけた、清らかな水が流れ、柳の木陰になっている涼しい場所で、しばし休息した時の情景を詠んだ歌です。何気ない風景の中に、心の安らぎを見出し、旅の疲れを癒すひとときを表しています。自然の美しさや静けさが、人々の心を慰める力を感じさせます。仏教を信仰して光明あふれる生活の中で感じる喜びを歌っています。
11. 一遍上人
* とも跳ねよかくても踊れこころ駒 弥陀のみのりときくぞうれしき
* 現代語訳: さあ跳ねよう、このようにでもあのようにでも踊ろう、私の心よ。阿弥陀如来の救いの功徳を聞くのは、なんと嬉しいことか。
* 解釈: 鎌倉時代の僧侶・一遍上人の歌。阿弥陀如来の救いを信じる喜びが、全身で表現されています。喜びのあまり、心が躍り、踊り出したくなるような、強い信仰心が伝わってきます。「心駒」は、喜びで跳ね回る心を駒(馬)に例えた表現です。この歌も阿弥陀仏を信仰して生を喜ぶ姿を歌っています。
12. 古歌
* 青丹よし寧楽(なら)の都は咲く花の にほふがごとくいま盛りなり
* 現代語訳: 青丹色の美しい奈良の都は、咲き誇る花のように今が盛りである。
* 解釈: 奈良の都の美しさを、咲き誇る花の色鮮やかさに例えて詠んだ古歌です。「青丹よし」は、奈良にかかる枕詞で、顔料の青丹が美しいことからきています。奈良の都の全盛期のことを歌っている様です。都全体が花で彩られ、活気に満ち溢れている様子が目に浮かぶようです。この奈良時代は、朝廷が華厳経を中心に仏教を広め、栄えた時代です。
13. 芭蕉
* 奈良七重七堂伽藍八重ざくら
* 現代語訳: 奈良には多くの寺院(七重の塔や七堂伽藍)があり、八重桜が咲き誇っている。
* 解釈: 奈良の風景を象徴する要素である、多くの寺院(特にその堂塔)と、豪華な八重桜の美しさを簡潔に表現しています。重層的な寺院の屋根と、幾重にも花びらが重なる八重桜のイメージが重なり、奈良の壮麗な景観が目に浮かびます。仏教が日本の文化を形作るものの一つとなり奈良に根付いています。
参考文献
今日の一句
桜の木 花咲けばすぐ 身バレする 奥山の中 ピンクに光る