月影

日々の雑感

岡本かの子と桜の歌:中城ふみこが魅せられた世界

中城ふみこさんが理想のロールモデルとしていたのが岡本かの子さんです。芸術家の岡本太郎さんのお母さんです。そこで、岡本かの子さんの短歌をいくつか紹介しようと思います。春爛漫な今日この頃にぴったりな1926年に発表された「浴身」という歌集の「桜百種」の中から選んだものです。桜に大きな思いがあったのでしょう。

桜ばないのち一ぱいに咲くからに生命いのちをかけてわがながめたり

この歌は代表作のひとつのようです。初めに見たときに感動しました。桜を見るのに命を懸ける気持ちで眺めるというのはすごい覚悟です。日本人として桜を毎年楽しみとしていますが、漫然と楽しむのではなく覚悟を持って眺めるということです。

 

さくら咲く丘のあなたの空の果て朝やけ雲のしゆたたへたり

早朝に桜の咲いてる丘に立って、雲が朱く染まる様子を眺めているのがわかります。春はあけぼのといわれているとおり、見事な景色であったのでしょう。

 

ひさかたの光のどけし桜ちるここの丘辺をかべを過ぐる葬列さうれつ

桜の花がきれいに咲いている中を進む葬列が詠まれています。亡くなった後棺桶を墓地まで運んで埋めていましたがその時の葬列でしょう。私の祖父の葬儀のあと葬列をくんで金を鳴らしたり飾り物をもったりしていたのを思い出しました。

丘の上の桜さくいへの日あたりにきむつみる親豚子豚

桜の咲く丘の上の家に親豚と子豚がいたという歌です。なんとなくほほえましい感じがしました。

ひともとの桜のみきにつながれし若駒わかごまのうるめるかな

若い馬が桜の幹につながれています。その瞳がうるんだ瞳で何観を見つめているのでしょう。自由がない様子が悲しいと感じたのでしょう。

咲きこもる桜花はなふところゆひとひらの白刃しろはこぼれて夢さめにけり

夜寝て桜の夢を見ていたのでしょう。その時、鋭い白刃が光ったのでしょうか。驚いて、夢がさめたようです。

しんしんと桜花さくらかこめるよるの家とつとしてぴあの鳴りいでにけり

夜の静寂の中、散歩でもしていたのでしょうか。桜が囲むように咲いている家から突如ピアノの音が鳴ってきたのに驚いたのでしょう。

糸桜ほそきかひながひしひしとわが真額まひたへをむちうちにけり

糸桜はしだれ桜のことです。桜の花の中でもソメイヨシノは割と早く咲いて散ります。一方で、しだれ桜はそのあとに満開になります。桜が散ったのを嘆いたところで、まだしだれ桜は今から満開になるよと怒られているような感じがしたのでしょうか。それで、しだれ桜の枝に額をむち打たれたような感じがしたということでしょうか。

地震なゐくづれそのままなれや石崖に枝垂しだれ桜は咲き枝垂れたり

地震で崩れた石垣に咲くしだれ桜がたくましく咲いている様子が浮かびます。関東大震災で崩れた石垣でしょうか。関東大震災マグニチュード8前後で震源の深さが10キロ未満だったそうです。昨日のミャンマー地震は7.7で深さが10キロくらいらしいのでそれよりすこし小さいくらいですが大地震です。

かなしみがやがて黒める憂鬱となりてすべなし桜花はなのしたみち

悲しみが深まり、やがて憂うつになっていく心。満開の桜の花の下を歩いていても救いがないという気持ちでしょうか。

あだかたきうらみそねみの畜生ちくしやう桜花さくら見てありとわれに驚く

心の中に敵(かたき)に対する恨みや嫉妬などにまみれた畜生のような作者でした。その作者が桜をみて、自分が煩悩にまみれていることに気が付いて驚いていることを歌っているようです。

淋しげに今年ことしの春も咲くものか一樹ひときれしそのそばの桜

満開の桜の中で枯れている桜の木が一本あるようです。街路樹で植えられていた桜の木の中で枯れているのをみると残念な気持ちを持ってしまいます。枯れている桜の木のそばの桜の木は寂しいと感じているようにみえます。

けふ咲ける桜はわれにえうあらじひとのうそをばひたにかぞふる

桜の美しさが目に入らないほど、人の嘘にとらわれている。その日は、日ごろ好きな桜はあっても桜はいらないと感じるほど、春の訪れも楽しめないようです。

大寺おほでらの庭に椿はき腐り木蓮もくれんの枝に散りかかる桜

大きなお寺の庭に、椿の花がおちて腐っていっている。木蓮の花が咲いている枝に、桜の花びらが散ってのっかっている様子が目に浮かびます。うちの近所でも、桜、椿、木蓮が近くにある公園があります。同じような光景を見たことがあります。

 

岡本かの子さんの簡単な紹介。

岡本かの子(1889-1939)は、日本の歌人・小説家であり、美術評論家としても活躍した。東京に生まれ、幼少期から才能を示し、与謝野晶子らの影響を受けて短歌を詠み始める。『明星』に参加し、情熱的で繊細な歌風で注目された。1910年には洋画家・岡本一平と結婚し、後に前衛芸術家・岡本太郎をもうける。

短歌から散文へと創作の幅を広げ、1920年代以降は仏教的思想や人間の内面を深く掘り下げた作品を多く執筆した。代表作には『老妓抄』『家霊』などがあり、独特の文体と情感豊かな描写が特徴である。また、美術評論にも優れ、岡本一平とともに欧州視察を行い、西洋美術の紹介にも貢献した。

1939年、病に倒れ(脳卒中)50歳で逝去。その生涯は短かったが、文学・美術の両分野で独自の足跡を残した。女性の情念や精神世界を描いた作品は、現代においても高く評価されている。

 

参考文献

www.aozora.gr.jp

浴身: 歌集 (短歌新聞社文庫 1110) 

岡本かの子全集(9)ちくま文庫

今日の一句

玄海の荒波超えて船は行く仏を伝え衆生救う