月影

日々の雑感

「念仏の道を開いた龍樹菩薩—親鸞の讃歌に学ぶ信仰の本質」

親鸞の龍樹讃の(三)は以下のようです。

本師龍樹菩薩は
  大乗無上の法をとき
  歓喜地を証してぞ
  ひとえに念仏すすめける 

本師龍樹菩薩は、大乗仏教の最高の教えを説き、歓喜地(菩薩の十地の第一段階)を悟られ、ただひたすら念仏を勧められた。

解釈

この詩は、龍樹菩薩(本師=阿弥陀仏の教えを広めた師)の功績とその教えを簡潔に述べています。

「本師」という言葉は、親鸞が龍樹菩薩を尊敬し、自らの師として崇めていたことを示します。

「大乗无上の法」は、大乗仏教の中でも最も高い教え、すなわち悟りに至る普遍的な道を指します。龍樹菩薩はこの教えを体系化し、人々に広めたことが称賛されています。

歓喜地」は、菩薩の修行の十段階(十地)の第一段階で、悟りの一歩目に立ったことを指します。龍樹菩薩がその境地に達したことを強調することで、彼の修行と悟りの深さが示されています。

「ひとえに念仏すゝめける」は、龍樹菩薩は、阿弥陀仏を信じ、念仏(阿弥陀仏の名を唱えること)を強く勧めました。この行為は、彼の教えが「他力本願」に基づき、多くの人々が救いを得られる実践的な方法を重視していたことを示しています。

 

龍樹讃(四)

龍樹大士よにいでて

  難易ふたつのみちをとき

  流転輪回のわれらおば

  弘誓のふねにのせたまふ

訳 

龍樹大士が世に現れて、(往生の道について)難行(なんぎょう)と易行(いぎょう)という二つの道を説き、輪廻(りんね)の中を迷い続ける私たちを、阿弥陀仏誓願の船に乗せて救ってくださった。

解釈 

この詩は、龍樹菩薩(龍樹大士)の功績を称えつつ、浄土教における救済の教えを簡潔に表現しています。各部分の解釈は以下の通りです:

「龍樹大士よにいでゝ」は、龍樹菩薩がこの世に現れ、仏教の教えを広めたことを指します。

「難易ふたつのみち」とは、悟りを目指すための方法として「難行道」と「易行道」を説いたことを指します。 この項は、『十住毘婆沙論』「易行品」によります。

   - 難行道とは、自力で修行を積み、悟りを目指す厳しい道のこと。 

   - 易行道とは、阿弥陀仏に帰依し、念仏によって他力本願で悟りを得る道のこと。 

   龍樹菩薩は、易行道として念仏を勧め、浄土教の教えの基礎を築きました。

「流転輪回」は、生死を繰り返す迷いの世界(輪廻)を表します。悟りを得られず、苦しみの中をさまよう私たちを指しています。

「弘誓のふね」は、阿弥陀仏が立てた救済の誓願(弘願)を象徴します。この船に乗るとは、阿弥陀仏の慈悲に身をゆだね、浄土への往生を目指すことを意味します。龍樹菩薩は、迷いの中にいる人々をこの船に導いたと述べています。

 

今日の一句

大雪にあらためて見る行き末を備えの重さ深く知りつつ