佐々井秀嶺(ささい しゅうれい)師は、インドでの仏教最高指導者として活動していることが知られています。日本では、真言宗高尾山薬王院第31世貫首山本秀順の元で得度されましたので、真言宗の教えが中心となっているようです。日蓮宗の寺院でも修行しましたので、仏教でも自力で悟りを開くという系統の方のようです。
その後、タイでの活動後、インドに渡りました。特にインドでの仏教復興運動を通じて、龍樹菩薩の故郷を含むインド全土で影響力を持つ人物です。師を支援する組織として日本に南天会があり、超宗派的な僧侶が参加しています。師は龍樹菩薩を夢見してインドに渡ったとして、龍樹菩薩を尊敬しており「龍樹菩薩大寺」をナーグプル郊外に建立するのに関わりました。
YouTube を見ていたら、偶然、日本人僧の佐々井師が、インドで、不可触民の解放や仏教の布教でインドの方達のために活躍されてる様子に感動しました。最近の情報を見ますと、インド南部のナーグプルに自宅があるようです。高齢になっておりますので、インド人の支援者がお世話されているようで、現地ではかなり尊敬を受けてるようでした。YouTubeに多くの動画があります。講話を見てみますと、謙虚な姿勢で話されており、悟りを開かれている僧だと思いました。
ナーグプルは、仏教徒が多いことから日本の天台宗、真言宗や日蓮宗などが盛んに活動しており、それらの仏教団体の建てた寺院がいくつかあります。
佐々井秀嶺の概要
• 生年: 1935年(兵庫県生まれ)
• 活動拠点: インド、ナーグプル、マハーラーシュトラ州
• 活動内容:
インド仏教復興とダリット解放運動
インドで仏教復興運動を展開し、特にアンベードカル博士が進めた不可触民(ダリット)解放運動に深く関わっています。ダリットは、インドのカースト制度の最下層に位置付けられ、2億人の人々が差別や迫害を受けてきました。動物の屠殺や皮を加工することなどを生業にしていました。彼はアンベードカルの後継者として広く認識され、ダリットの間で仏教への改宗を推進しています。現在、インド全体でおよそ800万人の仏教徒がいるそうです。
考古学的発見と社会への貢献
佐々井秀嶺は、日常の勤行や布教活動に加え、社会事業や考古学調査、仏教徒の権利擁護に尽力しています。ナーグプルを中心に寺院や福祉施設を建設・運営し、1998年にはマンセル遺跡で巨大仏塔を発見するなど考古学的貢献も行いました。また、1990年代からブッダガヤの大菩提寺を仏教徒に返還する運動を主導し、大規模なデモや断食を行い成果を上げました。さらに、インド政府少数派委員会の仏教徒代表として仏教徒の権利向上に努め、全インド比丘大サンガを結成するなど、国内外で仏教復興と普及活動を続けています。
佐々井師の哲学と生活
師は小乗仏教の教えを守っているようです。インドの民衆の中に入り、差別された人々を救済するために働いています。衣食住は、支援者の援助で過ごしているそうです。「インドに渡ってからなんか買ったことはない、もらったもので生活している」とのことで、厳格に戒律を守って生活されていると感じました。また、日本人はお金に振り回されて自分を見失ってる人が多いというお話は、納得できるものでした
2009年に44年ぶりに帰国し、岡山県をはじめ各地の寺院等で、講演活動など行いました。その後何度か帰国されて講演を行なっています。その後も何度か帰国されています。
今日の一句
木蓮の冬芽ふかふか猫じゃらし 凍れる街に春を誘うよ
参考文献 佐々井秀嶺著作物(アマゾンのリンク)
WEBさいと
南天会トップページ - 南天会|佐々井秀嶺上人の活動を支援するネットワーク
https://www.y-history.net/appendix/wh1601-133_1.html
https://www.y-history.net/appendix/wh0201-022.html
2025年7月14日更新