月影

日々の雑感

永遠と刹那の間に――永田・河野家の歌に描かれた「50年」の愛と喪失。

「夢のまた夢」を生きる――無常観と愛おしさを詠んだ名歌・名句選

人生の短さ、大切な人との別れ、そして過ぎ去った歳月。古来より多くの表現者たちが、言葉にできない「あはれ」を五七五七七や五七五の調べに託してきました。ここでは、天下人から現代の歌人まで、時代を超えて響き合う無常観と情愛の作品をご紹介します。


1. 豊臣秀吉:天下人が最期に見た「露」の風景

露と落ち露と消えにし我が身かな 浪速の事も夢のまた夢 豊臣秀吉(辞世の句)

戦国時代を勝ち抜き、天下統一を成し遂げた豊臣秀吉が、その劇的な生涯を閉じる際に残した言葉です。

【解説と鑑賞】

露のように儚く生まれ、露のように消えていく我が身であることよ。栄華を極めた大坂での日々も、今となっては夢の中の、さらにまた夢のような出来事に思える――。この句には、仏教的な無常観と、天下人として生きた過去への深い感慨が込められています。「露」という儚い象徴を用いることで、その栄華がいかに一瞬のものであったか、そしてそれゆえに人生がいかに愛おしいものであったかを伝えています。

2. 永田嘉七:五十年、ひたすらに続く追憶

五十年ひたすら妻の墓洗う ― 永田嘉七
墓洗う情景のイメージ
【解説と鑑賞】

亡き妻の墓を五十年間洗い続けてきた作者。その姿からは、言葉に尽くせぬ深い追憶の念が伝わってきます。一心に墓石を磨く情景が目に浮かぶようで、胸を打たれずにはいられません。「ひたすら」という一語に、万感の思いが凝縮されています。

3. 永田和宏:海に消える雪に重ねる「母」の記憶

母を知らぬ我に母なし五十年 海に降る雪降りながら消ゆ 永田和宏
海に降る雪のイメージ

嘉七氏の息子であり、戦後日本を代表する歌人の一人である永田和宏氏の一首。父・嘉七氏と同時期に詠まれたこの歌には、家族の深い喪失感が通底しています。

【解説と鑑賞】

幼い頃に母を亡くした作者が、五十年の歳月を経てようやく詠んだ感慨深い一首です。陸に積もるはずの雪が、海の上では降りながらにして消えていく。その儚い情景に、母の記憶を持てないまま過ぎた歳月と、決して埋まることのない喪失感が重ねられています。「海に降る雪」という比喩が秀逸で、胸に迫る無常観を感じさせます。

4. 河野裕子:絶筆に至るまでの「生」への愛着

永田和宏氏の妻であり、2010年に没した歌人河野裕子さん。彼女の最晩年の歌は、死を見つめつつも、生への瑞々しい感覚に満ちています。

ほんたうに短かかりしよこの生は 正福寺のさくら高遠のさくら 河野裕子(歌集『蝉声』より)
【作品の背景】

広島の正福寺山公園、長野の高遠城址公園。桜の名所を舞台に、自身の人生を振り返った歌です。散りゆく桜のように人生は短かったけれど、あのように美しく咲き誇ることができたという肯定感。未来へと繋がっていく命の希望を感じさせます。

死がそこに待つてゐるなら もう少し茗荷の花も食べて良かつた 河野裕子(歌集『蝉声』より)

彼女の遺稿集となった『蝉声』。その中でも特に胸を打つ一首です。

【解説と鑑賞】

すぐそこに「死」があるのなら、物忘れなど気にせず、もっとたくさん美味しいものを食べておけばよかった。切実な状況の中に漂うユーモアが、かえって生きることの愛おしさを鮮烈に描き出しています。

参考文献: 『蝉声』河野裕子

私も一句

葉は落ちて街路樹眠る冬の道 寒椿燃ゆ人も歩まん

冬の静寂の中に、力強く咲く寒椿。私たちもまた、一歩ずつ歩みを進めていきたいものです。

※脚注:茗荷(みょうが)を食べ過ぎると物忘れがひどくなるとの言い伝えがあります。

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