月影

日々の雑感

月影抄 - 和歌に綴る心の風景

今回のブログタイトルにも使用した「月影」という言葉にちなんで、西行法師の和歌をご紹介します。

平安時代や、それに続く鎌倉時代において、「月影(つきかげ)」という言葉は、単に月の光を指すだけでなく、仏の慈悲や悟りの象徴として詠まれることがありました。その背景には、月が西の空へと沈んでいく様子から、阿弥陀仏がいらっしゃる西方浄土を連想したことがある、と考えられています。

 

歌の背景:西行と堀河の、粋な恋の駆け引き

立ち入らで 雲間を分けし 月影は 待たぬけしきや 空に見えけむ

((あなたの屋敷に)立ち入らずに、雲間を分けて進んだ月の光は、(もしかしたら、あなたが私を)待っていない様子が空に見えたからでしょうか。)

 

解釈

西行法師は、月の光を自身にたとえ、堀河の屋敷に立ち寄らなかった理由を、月の光が雲間を縫って進むように、自分も様々な事情や心の葛藤を抱えながら生きている。もしかしたら、あなたが私を待っていない様子が、(あなたの心の中の)空に見えたからかもしれない。と、婉曲に表現しています。つまり、「私はあなたの元へ行きたかったのですが、あなたが私を待っていないように感じたので、立ち寄るのをやめたのです」と、相手のせいにしているのです。

 

この歌は、新古今集和歌集に選ばれています。待賢門院堀河(たいけんもんいんのほりかわ)(平安時代後期の、高い教養を持つ女流歌人)という女性に贈った歌への返歌として詠まれたものですので並んで載っています。待賢門院堀河は、朝廷で働いていた歌人で、のちに出家しています。彼女が西行法師を家に呼び出した際に、西行法師は「必ず伺います」と返事をしたものの、実際には訪れませんでした。その月の明るい夜に、西行法師が彼女の家の前を通り過ぎたことを知った彼女は、恨み言を込めて歌を贈ります。それに対して、西行法師が返した歌がこの歌です。

 

賢門院堀河の歌は、

西へゆく しるべと思ふ 月影の 空頼めこそ かひなかりけれ

(西へ沈んでいく月影を、(私の元へ来る)道しるべだと思うならば、(月の光を)頼りにしてみたところで、全く甲斐がないでしょうに)

 

 

西へゆく しるべと思ふ 月影の 空頼めこそ かひなかりけれ

この歌の前書きが、

西行法師をよび侍りけるに、まかるべき由は申しながらまうで来で、月の明かかりけるに、門の前を通ると聞きて、よみてつかはしける

西行法師をお呼びしたところ、伺う旨は申しながら参上なさらないで、月が明るい夜に、(私の家の)門の前を通ったと聞いて、(この歌を)詠んでお渡しになった)

 

新古今和歌集には月影という言葉が入った和歌がここで紹介した2首を含めて29首あります。順次紹介したいと考えています。

 

まとめ

偉大な歌人である西行法師も、時には約束を破り、機知に富んだ言い訳をする。そんな人間らしい一面が、この歌を一層魅力的なものにしていますね。